「価格」「質」に加え「環境」という新たな評価軸で差別化を目指す。中小企業の二幸産業株式会社が取り組む、従業員の意識を変えた脱炭素経営とは
ご担当者
SDGs推進部 執行役員兼SDGs推進部長
渡部 篤 様
経営企画部 課長
小林 良平 様
2023年3月31日以後に終了する事業年度の有価証券報告書から非財務情報の開示が義務化され、上場企業は対応を進めています。企業規模を問わず脱炭素経営の重要性が高まっている一方、義務のない非上場企業の取り組みは大企業と比べて遅れているのが現状です。
しかし中には上場企業に劣らない脱炭素化を進めている企業もあります。二幸産業株式会社は非上場で、かつCO2排出量が少ないビルメンテナンス業にも関わらず、脱炭素経営に積極的に取り組んでいます。環境問題に向き合い始めた背景や内容、得られた効果についてお聞きしました。
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脱炭素経営に取組み始めた背景
- 地球温暖化問題に危機感を持った社長の一言がきっかけ
- 「環境」という新たな評価軸で他社と差別化ができると考えた
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取り組み内容
- 経営計画の一番目に脱炭素を掲げ、従業員の意識向上を目的とした社内研修プログラムとカードゲーム「2030 SDGs」施策の実施
- 「Zeroboard」でScope 3までのCO2排出量の算定・可視化
- CO2の削減施策をリストアップして全社が閲覧できるポータルサイトに掲載
- 環境に配慮した新規事業の開発
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得られた効果
- 従業員の環境問題に対する意識が向上した
- 銀行から取り組みが評価されサステナビリティリンクローンの打診を受けた
- 低炭素の清掃サービス開発に向けた道筋が描けた
気候変動への取り組みを他社との差別化と従業員の待遇改善につなげる
SDGs推進部 執行役員兼SDGs推進部長 渡部 篤
――脱炭素経営に取り組み始めたきっかけを教えてください
渡部様:2020年初夏に「地球が大変なことになっている」と代表に突然言われたことがきっかけです。当時はSDGsや脱炭素に関する書籍も少なく、何から手をつければいいのか手探りで調べるところから始めました。
私は当初、エッセンシャルワーカーならではの大変さを先に解決すべきではないかと考えていたので、今やるべきことが本当に環境対策なのか疑問に感じていました。しかし、環境問題に取り組むことで他社と差別化し、回りまわって従業員の待遇改善につながればいいと考え、納得して取り組んでいます。
気候変動問題に対応することが脱炭素経営の大きな目的ですが、環境問題への取り組みを評価されることが他社との差別化につながるのではないかと考えています。ビルメンテナンス業はコモディティ化していて「価格」で比較されがちなので、環境に配慮したサービスを打ち出すことで、「価格」「質」以外の部分で他社との差別化ができると考えました。REIT(不動産投資信託)の発達によって不動産業界は変わりました。利回りだけで判断されるのではなく、ESG投資のように投資家が環境負荷についても考慮して選ぶようになれば、私たちの取り組みも評価されるのではないかと考えています。
――社内の意識改革から手をつけたのはなぜでしょうか。
渡部様:従業員が問題を自分ごとにしない限り、進まないと考えたからです。「脱炭素なんて会社や国がやること」となってしまえば始まりません。遠回りだと言われるのはわかっていましたし、実際に言われますが代表や役員には「3年はかかる」という話をして地道に取り組んでいます。
すぐに全員が本質を理解してくれるわけではありません。権限を持っている人間の理解も深めないといけないので、個々人にアプローチしてまずは従業員全体の3割に理解してもらう目標を立て、徐々に組織全体の意識を底上げしていくことにしました。SDGsの意義は理解されにくいので、周りの見る目を変えるためには可視化が必要です。実際に「GHG排出量のデータを見て初めて理解できた」との声もありました。
ちなみに後日、代表に「なぜ急に地球環境のことを言い始めたのか」を聞いたところ、子どもの野球の審判をしていて感じた猛暑がきっかけでした。「自分が野球少年だったころは今ほど暑くなかった。興味を持って調べてみたら温暖化がこのまま進むと大変なことになる。これは自分を含めた大人の責任だから次世代にきれいな地球環境を残さないといけない」。その結果、会社も環境問題に取り組むべきだという考えになったようです。
社内の意識改革のためにカードゲームを活用
――社内の環境への意識を向上させるために、どのように施策を進めたのか教えてください。
渡部様:2020年8月に代表から経営企画部へ次年度の経営計画書にSDGsを取り入れるよう指示がありました。それを受けて、私が12月にカードゲーム「2030 SDGs」※の公認ファシリテーターの資格を取得。2021年4月にSDGsを取り込んだ2カ年の経営計画が始まり、同月から社内研修として「SDGsプロジェクト」をスタートさせました。「SDGsプロジェクト」は、各部門から数名参加して毎月行う研修プログラムで、すでに約80名が受講しています。さらに、デスクワークに慣れていない従業員でも体感的にSDGsを理解できるよう、カードゲームで学びを深めるプロジェクトも開催しました。カードゲームにはパートアルバイトも含めた全社3,000名のうち既に800名が参加しています。2022年1月にはグループサステナビリティ目標を決定し、11月にゼロボードと契約し、Scope 3までのCO2排出量の可視化を開始したという流れで進めました。
2023年6月に株主総会に初めて提出したサステナビリティ・レポートも社内の意識改革に役立っています。可視化することによって「こういうことか」と腹落ちする従業員が増えたことは事実です。懐疑的な意見もある中で始まった取り組みなので、目に見えるものによる意識の変化は大きかったと感じています。
※カードゲーム「2030 SDGs」(https://imacocollabo.or.jp/2030sdgs/)
SDGsの17の目標を達成するために、現在から2030年までの道のりを体験することで「なぜSDGsが私たちの世界に必要なのか」、そして「それがあることによってどんな変化や可能性があるのか」を体験的に理解するためのゲーム
従業員がカードゲーム「2030 SDGs」に参加している様子
環境に配慮した新規事業を開発。組織のGHG排出量算定は約3か月で実現
渡部様:意識改革と同時進行で、環境に配慮した新規事業の検討も進めました。ビルの清掃に使う水に着目したサービスです。清掃をすると多くの排水が発生するため、より環境負荷の低いサービス提供をしていくべきです。しかし、ビル清掃業務で使う水や電気は基本的にはお客様が負担してくださるため、その排水量を調べることは現実的ではありません。そこで水を汚す原因である洗剤と剥離剤に目を付けました。洗剤の代わりに水のpHを調整してアルカリにした水を使った清掃を提案し、できるだけ環境負荷の低い排水にするように努力しています。環境負荷を減らせたかどうかを確認するために、洗剤と剥離剤の購入量を計測し続けています。
――GHG排出量の算定はどのように進めていきましたか。
(左)経営企画部 課長 小林 良平様 (右)SDGs推進部 執行役員兼SDGs推進部長 渡部 篤様
渡部様:CO2排出量は目に見えないものなので、脱炭素に取り組む当初から可視化する必要性を感じていました。GHGプロトコルとは何かを調べるところからスタートし、無償ツールや可視化ツールの自社開発も検討しましたが、専門的なサポートがないとできないと考え2022年11月に「Zeroboard」を導入しました。2022年12月に算定を開始し、算定支援を受けながら2023年1月下旬には2022年度分のデータ入力を完了。2月時点でScope 3までダッシュボードで可視化することができたので、スピーディーに進められたと考えています。
――削減目標の設定や、削減方法に関してはどのように進めていますか。
渡部様:可視化したものの、当初は出てきた数値が大きいのか小さいのかもわかりませんでした。そのため、算定の精緻化や削減の計画はゼロボードに相談しながら進めました。製造業ではないのでScope 3が88%と多いため、SBT(Science Based Targets)の基準をもとに目標を立てました。まずは自分たちでコントロールができるScope 1と2からCO2排出量の削減を進めています。例えば、CO2削減施策をリストアップして社内のポータルサイトに公開して各事業部が確認できるようにしています。リストは春夏版・秋冬版があり、省エネ項目や削減効果、取り組み難易度を示しています。それぞれ40個ほど施策がありますが、難易度を記載することで、各事業部の方ができそうな施策を自分で見つけられるようにしています。
自社のポータルサイトで全社に展開しているCO2削減施策リスト
「Zeroboard」はアップデートが頻繁に行われていて、ユーザーとして要望を出しながら一緒に作っていける部分が良いですね。営業の方から説明を聞いたときにおもしろいことをやりそうな会社だと感じましたし、社内にはいない専門家に相談できることやゼロボードのユーザーコミュニティで業種を超えて脱炭素に取り組む他企業と相談しあえるところも魅力です。
従業員の意識が高まり、社外からは新たな引き合いとサステナビリティリンクローンの打診
――環境問題に取り組んだ結果、得られた効果を教えてください。
小林様:SDGsや脱炭素といったワードについては聞いたことがあるなという程度でしたが、昨年度当社に転籍し「SDGsプロジェクト」や「SDGsカードゲーム」に携わることになり、“他人事”から“自分事”に変わりました。また社内においてもSDGsや脱炭素に対する話題が増えてきたと感じております。こういった取り組みを進める中で、ビルメンテナンス業として新たなサービスを提供できるよう邁進してまいります。
渡部様:社内と社外、共に目に見える成果が出てきました。社内で見られた成果として、小林が話したように従業員の環境に対する意識が高まりました。世の中で起こっているニュースや問題のとらえ方が変わってきたように感じます。また、研修プロジェクトとカードゲームによって、環境問題の視点を組織に展開する人が少しずつ増えてきており、部門別に目標を設定し始めるところも出てきました。
社外からの反応の一つに、銀行からサステナビリティリンクローンの話をいただいたことがあります。2023年に公表したサステナビリティ・レポートが評価された結果なので企業のアピールとしても効果を感じています。
環境に配慮した清掃サービスの反応はまだ弱いですが、意外なところからの引き合いが増えています。洗剤の代替品として保育園や学校などから問い合わせが入るようになりました。今後は、清掃にかかるCFP(カーボンフットプリント)を提示した低炭素の清掃サービスを展開して、既存取引先だけではなく新規取引先にアプローチをしていきます。社会全体がさらに環境に配慮したサービスに注目するようになり、結果として私たちが取り組んでいるサービスも選ばれるようになることを期待しています。
ありがとうございました。SDGsや脱炭素への取り組みが貴社の新たな可能性につながっていくよう、引き続きご支援させていただきます。