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気候変動と国連の役割

目次

ゼロボード総研 所長 待場 智雄

1.はじめに

 世界各地で今夏記録している猛暑、豪雨、それに伴う山火事、洪水などの災害の頻発を受け、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が7月下旬、「(地球温暖化は過ぎ、)地球沸騰の時代が来た」と指摘し*1、各国に対して言い訳をやめ具体的な行動をとるよう求めたことは、日本のメディアでも大きく報じられ、記憶にも新しいことでしょう。

 気候変動問題への対応を迫られる皆さんにとっては、2015年に採択された「パリ協定」で世界共通の長期目標として産業革命前からの地球の平均気温上昇を2℃までに抑える目標が設定され、さらに1.5℃への努力を追求することとなった*2ことはご存じかと思います。一方で、国連はいったいどのようなプロセスで、世界各国の経済社会の行方を左右するような取り決めをできるのか、疑問に思われている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 筆者は国連の気候変動プロセスの一つである「気候技術センター・ネットワーク」(CTCN)の副所長を務めておりましたが、内部に少しばかりいた私にとっても国連の構造と動きは非常に分かりづらいところがあります。本稿では、IPCCとUNFCCCという2つの仕組みを中心に、少し紐解いてご紹介したいと思います。

2.IPCC

 気候変動問題については、すでに1889年にスウェーデンの科学者スバンテ・アレニウスが二酸化炭素(CO2)と地球温暖化の関係について指摘していました*3。1970年代になって、2021年ノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎氏らが気候モデルを開発*4するなど、地球の大気のしくみについて理解が進んで地球温暖化が深刻な問題と浮かび上がり、1979年には世界気象機関(WMO)を中心に第1回世界気候会議が開催されています。

 その後、国際科学会議(ICSU–当時)、世界気象機関(WMO)、国連環境計画(UNEP)が主導で研究プログラムや会議が続けられましたが、事の重大さから科学者間の議論にとどめず各国政府の関与が欠かせないと、UNEPとWMOによって1988年、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が設立されました。IPCCには195の国と地域が参加しており、スイス・ジュネーブのWMO本部内にごく小さな事務局を構えています。

 IPCCの目的は、各国政府の気候変動政策に科学的な基礎を与えることとされ*5、日本を含む世界中の数百人の科学者の協力を得て、出版された文献や科学誌に掲載された論文等を総合的に分析し、気候変動に関する最新の科学的知見の評価を5〜7年おきに「評価報告書」(AR)にまとめています。

 IPCC には、3つの作業部会が置かれています。第1作業部会(WG1)は、気候システムと気候変動の自然科学的根拠についての評価。第2作業部会(WG2)は、気候変動に対する社会経済と自然システムの脆弱性、気候変動がもたらす好影響・悪影響、気候変動への適応オプションについての評価。第3作業部会(WG3)は、気候変動の緩和オプションについての評価をそれぞれ行います*6。このほか、インベントリータスクフォース(TFI)が設けられ、各国政府に作成が求められる温室効果ガス(GHG)の国別排出目録(インベントリー)の作成手法策定などを行っていますが、その技術支援ユニット(TSU)は日本の環境戦略研究機関(IGES)がホストしています。

 2021~22年に公表された最新の第6次報告書(AR6)では、地球温暖化の原因が人間活動の影響である「可能性が極めて高い(95%以上)」と評価したAR5からさらに踏み込み、「疑う余地がない」と断定しました*5。また、現状の政策目標が達成されたとしても、2100年の気温上昇は2.2~3.5℃(中央値+3.2℃)に達するとしています。このほか、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の勧告に準拠した気候変動リスクの評価にも援用できる5つのシナリオ(SSP:共通社会経済経路)を公表しています*7

 IPCCの役割で注意を払わないといけないのは、IPCC自体が独自の研究を行うのではなく、世界中の科学者や政府が参加して数多くの科学論文を評価することで、最新の科学情報の結論について合意を作ることにあります。「政策に関して中立的であるべき」をうたっており、それがゆえに各国政府の意思決定に利用しやすく、かつ気候変動の議論において最も信頼できる情報源となっています。

 IPCCは2007 年、元米国副大統領のアル・ゴア氏と共にノーベル平和賞を受賞しています。

3.UNFCCC

 1990年に発表されたIPCCの第1次評価報告書(FAR)の「(特段の対策がとられない場合)21世紀末までに全球平均気温が3℃程度、海面が約65cm上昇する」*8との深刻なメッセージを受け、それまでの地球環境の重要課題であったオゾン層保護(ウィーン条約)や有害廃棄物の国家間移動(バーゼル条約)と同様、気候変動に対しても国際的に共同で取り組む必要性が認識されるようになりました。

 1992年にブラジル・リオデジャネイロで開催された地球サミット(環境と開発に関する国連会議)において、155カ国が「気候変動に関する国連枠組条約」(UNFCCC)に署名、1994年発効しました(197カ国・機関が締結)。ちなみに同サミットでは、地球環境問題への関心の高まりに合わせ、生物多様性条約(CBD)、砂漠化対処条約(UNCCD)も署名に至っています。

 UNFCCCは、GHG濃度を気候システムに対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準で安定化させることを究極の目的とし、「共通だが差異のある責任」等の原則

の下で、先進国に対しては当初努力目標として、GHGを2000年までに1990年の水準に引き下げることを掲げ、そのために、気候変動防止策を講じることや、GHG排出量に関する情報を締約国会議に報告すること、そして途上国に対して資金供与・技術移転を行うことが義務付けています*9

 締約国の具体的な義務については締約国会議(COP)で定める構造になっていて、

1995年から毎年開催(コロナ禍で延期された2020年を除き)されています。1997年に京都で開催されたCOP3において、2020年までの削減枠組みを定める「京都議定書」が採択されました。2008~12年(第一約束期間)におけるGHG排出量を、先進国(附属書Ⅰ国)全体で少なくとも1990年比5%減を目指すため、法的拘束力を有する数値目標(日本は6%減)を課しています*10。合わせて、国家間で協調して目標を達成するための仕組みとして、排出量取引、共同実施(JI)、クリーン開発メカニズム(CDM)の「京都メカニズム」が導入されました。

 2015年フランス・パリで開かれたCOP21で、京都議定書に代わる2020年以降の新たな枠組みとして「パリ協定」が採択されました。同協定は、世界共通の長期目標として2℃目標を設定、1.5℃に抑える努力を追求することに言及*11するとともに、初めてすべての国が参加する枠組みとなり、各国とも削減目標を5年ごとに提出・更新し、実施状況を報告し、レビューを受けることになっています。2023年11月30日から12月12日までアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開かれるCOP28では、各国の進捗状況を5年ごとに評価する仕組みであるグローバル・ストックテイク(GST)が初めて実施されます。

 COPに並行して京都議定書締約国会議(CMP)、パリ協定締約国会議(CMA)があるほか、科学的・技術的な助言に関する補助機関(SBSTA)と実施に関する補助機関(SBI)があり、補助機関(SB)会合にてCOPへ向けた準備議論が行われます。

 またUNFCCCで先進国に義務付けられている途上国に対する資金供与・技術移転を行う仕組みとして、地球環境ファシリティ(GEF)、緑の気候基金(GCF)など資金面で関連プロジェクトを支援する「財務メカニズム」が用意される一方、「技術メカニズム」として、技術協力に関する助言を行う技術諮問委員会(TEC)と筆者が属していた技術移転の実施機関CTCNが活動しています。UNFCCCの事務局はドイツ・ボンに置かれ、日本人数名を含む400人余のスタッフが、COPでの交渉や京都メカニズム、パリ協定の実施などをサポートしています。

出典:資源エネルギー庁「気候変動対策を科学的に!「IPCC」ってどんな組織?」(2022年10月)

気候変動に関するIPCCの科学的な知見と国際交渉との関係

www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ipcc.html

4.WMOとUNEP

 WMOとUNEPの国連2機関は、IPCCとUNFCCCを実現させ、地球温暖化を科学的議論から国際政治のアジェンダに押し上げることに成功した、親的な存在です。気候変動の議論がIPCC、UNFCCCを中心に進む中で、WMOとUNEPはそれを表から裏から支える役割を果たしています。

 WMOは、世界の気象業務の標準化、気象観測データや予測の国際的な交換や技術協力を進める機関として、1950年に誕生した歴史ある組織です。日本は1953年に加盟し、歴代気象庁長官が執行理事を務めています。世界気象監視計画(世界の気象観測・通信網の整備・運用など)、世界気候計画(気候関連資料の収集、気候予測情報の提供など)、全球大気監視計画(GHGの観測・データ管理など)などを推進し、国連システム内で気象、気候、水に関する権威的な見解を発信する役割を果たしています。

 COPの議論へのインプットとして毎年、大気中のGHG濃度の現況を報告する「温室効果ガス年報」(Greenhouse Gas Bulletin)、世界各国の気象機関の分析などを取りまとめた「地球気候の現状に関する報告書」(State of the Global Climate Report)を公表してきました。最新の2022年報告書は、「2015〜22年の世界の気温は、過去3年間のラニーニャ現象による冷却効果があったにもかかわらず、記録上最も温暖な8年間だった」とし(※12)、世界中の人々が異常気象と気候現象の深刻な影響を受け続け、各地で新たな強制移住をもたらすと警告しています。さらに今年5月には、エルニーニョ現象の発生により、今後5年間の世界の気温が記録的に高まる可能性があり、産業革命前からの地球平均気温の上昇幅が一時的に1.5℃を上回る確率は66%に上るとの深刻な予測を発表しました。

 UNEPは、1972年にスウェーデンのストックホルムで開催された国連人間環境会議の提案により設立され、ケニア・ナイロビを本部に、7つのサブプログラム(気候変動,災害・紛争,生態系管理,環境ガバナンス,化学物質・廃棄物,資源効率性,環境レビュー)を中心に活動を行っています。気候変動においては、主に政策面で各国を支援するほか、上記の機関でカバーできない隙間をうまく埋めています。

 傘下のコペンハーゲン気候センター(CCC)が、各国政府が約束した政策を実現した場合の排出削減量とパリ協定の気温目標達成に必要な排出削減量とのギャップを「排出ギャップ報告書」(Emissions Gap Report)に毎年まとめており、最新の2022年報告書では、現行の約束では今世紀末までには2.4〜2.6℃の平均気温上昇が見込まれると評価しています(※13)。

 またUNEPは産業界を気候アクションに巻き込むことに力を入れており、GHGの1つであるメタンの大幅な排出削減を目指し、世界の80を超える石油ガス会社がメタン排出量を計測・報告する仕組み「国際メタン排出観測所」(IMEO)を2022年にスタートさせています。1992年に立ち上げたUNEP金融イニシアティブ(UNEP-FI)が、気候変動をはじめとするESG(環境・社会・ガバナンス)への配慮を統合した金融システムへの転換をうたい、日本の14社を含む200以上の銀行・保険・証券会社等とのパートナーシップを築いていることは、よく知られたところです。

5.国連本部と他機関

 前任の潘基文氏に続き、グテーレス国連事務総長も気候変動問題を最重要課題として、たびたび冒頭のような強いメッセージを世界に発してきました。近年では、COPが開かれる前や会議の早い日程で世界の首脳らが集まる場を設け、コミットメントを引き出そうと努力を試みています。昨年のエジプト・シャルムエルシェイクでのCOP27では首脳級会合が開かれましたが、今年はCOP28前の9月20日にニューヨークの国連本部で「気候野心サミット」(Climate Ambition Summit)を開催し、各国首脳によるGHG削減目標や国が決定する貢献(NDC)のアップデートを期待しています。

 持続可能な開発目標(SDGs)でも、13番目の目標として「気候変動に具体的な対策を」がうたわれており(※14)、毎年開かれる「SDGsに関するハイレベル政治フォーラム」(HLPF)の中で進捗が議論されるほか、「パリ協定とSDGsのシナジー強化に関する国際会議」も開催され、昨年7月の第3回会議は東京の国連大学本部で開かれました。

 このほか、世界保健機関(WHO)、国連児童基金(UNICEF)、国連食糧農業機関(FAO)など数多くの他の国連機関も自身の主領域に対する気候変動の影響を研究し、課題に取り組むプロジェクトを企画・実施しています。

6.最後に

 本稿では、気候変動問題を巡って国連レベルで誰がどのようにルールを決め、国際合意の各国における実施を支援し、進捗をモニターしているのかについて、IPCCとUNFCCC、そしてその親的存在であるWMOとUNEPを中心に解説を試みました。今年もCOP28の開催が迫って来ましたが、ここでの議論や決定が日本企業の進むべき方向性にも大きく影響することになりますので、注目が必要です。

 今年8月に新設したゼロボード総研では、皆さんのネットゼロへ向けた戦略・アクション作りに役立つよう、COPをはじめとする国際交渉や最新の知見をタイムリーに分かりやすく伝えていきたいと考えております。

<参照元>
*1:朝日新聞SDGs ACTION(参照:2023/08)
https://www.asahi.com/sdgs/article/14969821
*2:脱炭素ポータル(参照:2023/08)
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/
*3:全国地球温暖化防止活動推進センター(参照:2023/08)
https://www.jccca.org/faq/15922
*4:環境省Cool Choiceサイト(参照:2023/08)
https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/kaiteki/topics/20211227.html
*5:グリラボ(参照:2023/08)
https://gurilabo.igrid.co.jp/article/3533/
*6:国土交通省気象庁(参照:2023/08)
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/index.html
*7:CarbonBrief(参照:2023/08)
https://www.carbonbrief.org/how-shared-socioeconomic-pathways-explore-future-climate-change-japanese/
*8:環境省「環境白書 平成7年版」(参照:2023/08)
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h07/9617.html
*9:全国地球温暖化防止活動推進センター(参照:2023/08)
https://www.jccca.org/global-warming/trend-world/unfccc
*10:平成28年版 環境白書/循環型社会白書/生物多様性白書(参照:2023/08)
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h28/pdf/1_p1_1.pdf
*11:脱炭素ポータル(参照:2023/08)
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/
*12:国際連合広報センター(参照:2023/08)
https://www.unic.or.jp/news_press/info/48045/
*13:日本経済新聞(参照:2023/08)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR25ABG0V21C22A0000000/
*14:国連広報センター(参照:2023/08)
https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/sustainable_development_goals/climate_change/

  • 記事を書いた人
    待場 智雄(ゼロボード総研 所長)

    朝日新聞記者を経て、国際的に企業・政府のサステナビリティ戦略対応支援に携わる。GRI国際事務局でガイドライン改訂等に携わり、OECD科学技術産業局でエコイノベーション政策研究をリード。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)で世界各地の再エネ技術データのナリッジマネジメント担当、UAE連邦政府でグリーン経済、気候変動対応の戦略・政策づくりを行う。国連気候技術センター・ネットワーク(CTCN)副所長として途上国への技術移転支援を担い、2021年に帰国。外資系コンサルのERMにて脱炭素・ESG担当パートナーを務め、2023年8月よりゼロボード総研所長に就任。2024年1月よりGRIの審議機関であるグローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)理事、2024年6月より日EUグリーンアライアンス・ファシリティのチームリーダーを務める。上智大学文学部新聞学科卒、英サセックス大学国際開発学研究所修士取得。