2050年ネットゼロへの現実的アプローチ:サーキュラー・資源効率化がカギを握る脱炭素戦略

ゼロボード総研所長 グローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)理事
GHGプロトコル専門作業部会(TWG)メンバー
待場 智雄
日本そして各企業が2050年までの温室効果ガス(GHG)排出ネットゼロという削減目標を目指すにあたって、最初の中間点である2030年(国の目標は2013年度比46%削減)までは現在の技術や電力の低炭素化で比較的達成が容易であるが、それ以降は今後の革新的技術の実現に頼るところが大きく不確実性が高まっていく。しかし、エネルギーでなく物質という視点から探ると、将来技術への過度な依存を避けながら脱炭素を実現できる別の道が見えて来る。
鉄、アルミやレアメタルなどの非鉄金属、木材、セメント、セラミックス、プラスチック、ガラスなど産業や生活に欠かせない素材生産に伴うGHG排出は、ここ20年で世界全体の排出量の15%(1995年)から23%(2015年)に急速に増え、農業および土地利用に伴う排出量に匹敵するという。素材生産のうち建設と製品生産に伴う排出が約8割を占めている*1 。
鉄鋼生産における酸化還元反応やセメント生産などの化学反応、その他の熱需要を電化することは容易ではなく、化石燃料使用から大量のGHG排出を招くことが課題である。このため政府の脱炭素ロードマップは、電力の再エネ化に加えて、水素還元製鉄など製造プロセスや自動車、工場、家庭の燃料の水素化(メタネーションを含む)、そして化石燃料から生じるCO2の回収・再利用(CCUS)、DACCSやBECCSなど炭素除去技術におけるイノベーションの加速を全面的にうたっている(図1)*2 。しかし、こうした「革新的技術」が2050年までに実現するのか、実現したとしてもそれまでにコストを下げインフラを準備し、社会に十分普及できるのかははなはだ不透明である。
図1:グリーン成長戦略が描く2050年ネットゼロ実現への道筋 (出典:経産省)
このほど(2025年4月)国立環境研究所が発表したモデリングは、こうした革新的技術の普及を仮定しない場合、様々な物質の消費量やそのライフサイクルにおける流れにどのような変化が求められるのかに焦点を当てている。この研究によると、電力が100%脱炭素化しても、それだけでは2050年のGHG排出量は2015年の37%減しか達成できず、国の2030年の目標にも及ばない。しかし、再エネ普及に加え年4%の物質削減を着実に行えば、GHG排出量は2050年には8割以上削減できるとし、革新的脱炭素技術の普及にあまり依存しなくても、ネットゼロを達成することができると結論付けた *3。
図2:総物質投入削減目標による国内のGHG排出量の変化 (出典:国立環境研究所)
年4%の物質削減とは使用可能な物質の総量を現在の4分の1に抑えること、言い換えれば資源効率を4倍に向上させることが必要となる。その方策として、国連国際資源パネル(IRP)の物質効率化戦略は、①次世代型自動車に対する物質効率化戦略の導入、②建築物の寿命延長、③循環利用率を2050年までに現状の2倍、を掲げる *4。国立環境研究所は、長寿命化やビジネスモデルの転換により移動や居住など生活に必要なサービスの提供方法を変え、要する鉄やセメントなど物質の量を抑える「急速な高度物質効率化」が不可欠だとする *5 。
三菱総合研究所も同様に2024年、現状維持(BAU)、脱炭素関連技術の実用化・低コスト化が進むカーボンニュートラル(CN)、カーボンニュートラルに加えサーキュラーエコノミー(従来の3Rに加えてリコマース、再生材・廃棄物利用、バイオマス活用、炭素循環が進む)を実現するCN×CEの3シナリオを分析。CN×CEシナリオでは、DACCSなどネガティブエミッション技術への依存度が下げられるため、2050年ネットゼロ実現にあたっての限界削減費用の低減につながる。かつ国内資源の活用によってエネルギーや重要金属の経済安全保障と、国内のリサイクル関連産業などへの付加価値の向上に寄与するとしている。CN×CEシナリオのエネルギー自給率は64%まで向上し、生産に投入する資源・燃料等の輸入が不要となる結果、輸入額は年間で約1兆円減少するという(図3)*6 。
図3:BAU, CN, CN+CEの3シナリオにおけるGHG排出量推移 (出典:三菱総合研究所)
また、産業界からは脱炭素とサーキュラーエコノミー政策の融合を海外でのビジネスチャンスと捉える動きが出ている。味の素、富士通、本田技研工業など13社が2024年1月、「廃棄を減らし、製造を維持するだけでなく、新しい価値や市場を創出するサーキュラーエコノミーおよびカーボンニュートラルの実現こそが、ASEAN *7が経済発展を達成し、そして世界の環境課題に対応していくための希望になりうる」との共同声明を出している*8 。
政府もこの動きに対し、決して手をこまねいているわけではない。2023年のG7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合では、日本政府の主導により循環経済及び資源効率性原則(CEREP)が策定・採択された。同原則は、気候変動・生物多様性・汚染削減に関する戦略・行動とサーキュラーエコノミーおよび資源効率性アプローチの統合をうたい、企業に循環・資源効率ビジネスへの移行の推進とリスク・機会の把握、指標のモニタリングと開示を求めている*9 。
しかし、2024年8月に閣議決定された「第五次循環型社会形成推進基本計画」は資源生産性(天然資源投入当たりの生産高)を2020年の46万円/tから2030年に60万円/tに改善する目標を設定しているが、これを単純に2050年まで延長すると2020年の約2倍に留まり、国立環境研究所が求める資源効率の4倍化にはほど遠い*10 。サーキュラー・資源効率化を加速するためには、廃棄物政策の延長線上にある既存の様々なリサイクル法の抜本的見直しに加え、脱炭素との同時実現を企図した資源効率目標の設定や、バージン材使用に対する課税などによる長寿命化・資源再利用・サービス化の優先化、素材の使用履歴を追跡できるデータプラットフォームの整備・活用などがカギとなるだろう*11 。
サーキュラー化による資源依存への低減にはビジネスモデルやライフスタイルの転換が伴い、革新的技術の実現と同様の困難さも付きまとうだろうが、2050年ネットゼロを達成し世界の気温上昇を産業革命から1.5℃以内に抑え込むには、電力の脱炭素化を超えた中長期を見据えて不可欠な対策の両輪の一つとして、ぜひとも各国政府や多くの企業に注目してほしい。
先日、大阪・関西万博のオランダ館の設計に関わったサーキュラー建築の第一人者トーマス・ラウ氏が万博訪問で来日した際の講演を聞く機会に恵まれ、不要となった建物を取り壊さずに新たな建築に蘇らせる画期的な取り組みを学んだ。オランダのエネルギー会社リアンダーの築50年の旧社屋5棟を組み替え、8割以上の材料を再利用したままで、1つの屋根でつながった全く異なった新社屋を完成させたという *12。オランダ館も使用建材をすべてオンラインの「マテリアル・パスポート」に登録し、万博閉幕後の再利用を目指している*13 。夢のような話がすでに現実化していることに希望を与えられたとともに、国内でも様々な取り組みが進むことを願っている。
2011年 リアンダー社の旧社屋
(Credit: Cloudshots)
2015年 8割以上建材を再利用した新社屋
(Credit: Marcel van den Burg)
新社屋の内装
(Credit: Marcel van den Burg)
*1 Edger G. Hertwich (2021), “Increased carbon footprint of materials production driven by rise in investments”, Nature Geoscience, Vol. 14, pp. 151-155. www.nature.com/articles/s41561-021-00690-8
*2 経産省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」、2021年6月18日 www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ggs/index.html
*3 国立環境研究所「『高度物質効率化』で導く2050年カーボンニュートラル~物質利用効率4倍、循環利用率2倍を目標に〜」、プレスリリース、2025年4月21日 www.nies.go.jp/whatsnew/2025/20250421/20250421.html
*4 UNEP (2020), Resource Efficiency and Climate Change: Material efficiency strategies for a low-carbon future, International Resources Panel (IRP) report. www.resourcepanel.org/reports/resource-efficiency-and-climate-change
*5 国立環境研究所(2025)
*6 三菱総合研究所「第7次エネルギー基本計画で求められる『CN×CE』の政策融合-脱炭素投資から1兆円の付加価値還流を目指す」、三菱総研研究・提言レポート、2024年6月5日 www.mri.co.jp/knowledge/insight/policy/20240605.html
*7 東南アジア諸国連合
*8 エグゼクティブ・サステナビリティ・フォーラム「サーキュラーエコノミーおよびカーボンニュートラルに関する共同声明」、2024年1月 www.pwc.com/jp/ja/press-room/joint-statement240116.html
*9 環境省「循環経済及び資源効率性原則(CEREP)の概要」、2023年4月www.env.go.jp/content/000175154.pdf
*10 国立環境研究所(2025)
*11 三菱総合研究所(2024)
*12 Arch Daily, Alliander HQ / RAU www.archdaily.com/777783/alliander-hq-rau-architects
*13 NL Platform, 大阪・関西万博ページ https://nlplatform.com/osaka-expo-japan

