結果至上主義と反ESG-今こそ想像力と倫理観を示す時

グローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)理事
GHGプロトコル専門作業部会(TWG)メンバー
ゼロボード総研所長 待場 智雄
先日の朝日新聞紙上で、斎藤元彦兵庫県知事の再選に関してインタビューを受けた橋下徹元大阪府知事が、「職員へのパワハラや視察先での『おねだり』は基本的に県民の生活と関係がない」と答えているのを読み、「はて、そうか?」と違和感を覚えた*1 。ここへ来て、兵庫県の第三者委員会が告発者の私的情報漏洩は斎藤知事らの指示で行われた可能性が高いと指摘するに至ったが*2 、2024年11月の知事選投票時に兵庫県民は実際県の内部で何が行われていたか知る由もなく、またSNS上での玉石混交の情報戦に見舞われたわけで、もしいま再選挙があれば、斎藤氏がいくら成果を挙げていたとして、同じ結果になっただろうか。
この発言を聞いて思い浮かんだのが、映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』で描かれた「勝つための3つのルール」だ。悪名高き弁護士ロイ・コーンが若きトランプに、「攻撃、攻撃、攻撃」、「非を絶対に認めるな、全否定しろ」、「勝利を主張し続けろ」と教え込み、破産寸前から数々の大事業を次々に成功させ、師であるコーンをも震撼させる「怪物」へと変貌を遂げていく*3 。
映画の内容がすべて真実ではないにせよ、トランプ米大統領のシンプルな物のとらえ方と振り切った自信の源を端的に示しているかと思う。彼にとって「アメリカ・ファースト」という結果がすべてであり、それを達成するためには、超高関税や移民強制送還、留学生受け入れ制限など手段は選ばない。この論理からすれば、企業の利潤最大化やエネルギー確保のためにESGや再エネといった条件を付けることは、到底許せないということなのだろう。
しかし、この強者(トランプ支援者にラストベルトの労働者など取り残された弱者も多いにもかかわらず)の論理は、植民地主義や産業革命、その後の経済発展がもたらした負の遺産の反省から、奴隷解放、労働者の権利確保、環境保全、南北問題への配慮、ジェンダー平等といった西洋社会が歩んできた近代文明化(好きな言い方ではないが)の道をことごとく否定しているものに見える。
トランプ氏の米大統領再就任からこの半年間、欧州や日本の政府も企業も対応をこまねいて右往左往しているが、実は今まさに、利潤や業績がすべてで手段は問わないのか、結果は重要だがそこに至るプロセスの正当性も大事というのか、どちらの立場に属するのかを明確にするよう、改めて私たち一人ひとりに問われているのではないだろうか。
ESG熱の減速に様子見を決め込む日本企業も多いようだが、企業活動が自然環境や天然資源、地域や人材に大きく依存していることを認識し、「三方よし」からの伝統を重んじ、胸を張って環境・社会との共存による長期的な発展を目指すことを再宣言し、社内外の理解を図る積極姿勢を(ブラック企業でないのであれば)今こそ示してほしい。また一市民として消費者として、私たち自身が生産者や地球環境などへの想像力と倫理観を働かせ、投票や日々の商品選択で意思を示すことで、結果至上主義にノーを突き付け、行政や企業の姿勢を変える力を持っていることを再認識する時だと感じる。
であるからして、生産過程におけるサステナビリティを担保するデューデリジェンスの実施は、近代文明化のさらなる進化と購買・消費者の有効な選択のために、肝となる政策だ。欧州連合(EU)が2025年2月に「オムニバス・パッケージ」草案を発表し、企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)の第1期適用を2028年からに1年延期、対象を直接のサプライヤー(Tier 1)に限定し、監査実施を毎年から5年ごとに緩和しているが、憂慮すべきことに、ここへ来て独仏両首脳がCSDDD自体の廃止を唱えた*4 。
また、EU電池規則(EUBR)においては、主要施策の一つであるデューデリジェンス義務の適用を2年延期し、2027年8月からとすることが提案された*5 。すでに、7つの一次産品が森林破壊に関与していない証明を義務づけるEU森林破壊防止規則(EUDR)の適用は、大企業で2025年12月末からに1年延期されているが*6 、オーストリア、ルクセンブルクなど11カ国がさらなる緩和を求めている*7 。CSDDDについては、デンマークが独仏の提案を拒絶する姿勢を見せ*8 、独政府はその後、規制の非官僚化、合理化を求めるとのトーンに緩める見解を発表しており *9、廃止ということはないと思われる。
デューデリジェンスとは本来、サプライチェーンの活動をサステナブルな方向に向上させることを目的とするわけで、中小のサプライヤーや途上国の生産者を一方的に圧迫するのではなく、同時に支援も提供するような相互的な実施への調整は必要だろう。またCSDDD、EUBR、EUDR3規制の重複や複雑さの見直しがなされば、より実効性が高く現実的な施策となる可能性はある。
トランプ大統領の反ESGの勢いは衰えていないが、裏の駆け引きで「ディール」を勝ち取っていたビジネスマン時代と異なり、今は世界中に手の内が丸見えのポーカーや麻雀を打っているような状況だと思う。あまり恐れ過ぎずに今後の展開を見守りたい。
*1 橋下氏は先の発言に続けて「贈収賄までいけば問題ですけどね。」とは述べている。(朝日新聞「メディアはネットを見下すな-橋下徹さん、兵庫知事選は『いい教材』」、2025年5月3日)https://digital.asahi.com/articles/AST523G6LT52PQIP01FM.html
*2 読売新聞「兵庫・斎藤知事、私的情報漏えい『指示していない』-第三者委が『可能性高い』と指摘も関与否定」、2025年5月27日 www.yomiuri.co.jp/national/20250527-OYT1T50156
*3 Movie Walker Press「ドナルド・トランプを創り上げた“3か条”とは?悪名高き弁護士から学ぶ成功へのメソッド」、2025年1月19日https://news.yahoo.co.jp/articles/d718a4f6fee873f107b1bc64ecb4771b367d87a5
*4 Reuters, French, German leaders call on EU to scrap supply chain audit law, 21 May 2025 www.reuters.com/sustainability/society-equity/french-german-leaders-call-eu-scrap-supply-chain-audit-law-2025-05-20
*5 Intertek, What does the proposed extension of the battery due diligence deadline for the EU Battery Regulation mean for battery manufacturers and users?, 22 May 2025 www.intertek.com/blog/2025/05-22-eu-battery-regulation
*6 European Commission, Regulation on Deforestation-free Products https://environment.ec.europa.eu/topics/forests/deforestation/regulation-deforestation-free-products_en
*7 Reuters, Eleven countries demand EU weakens deforestation law further, document shows, 26 May 2025 www.reuters.com/sustainability/climate-energy/eleven-countries-demand-eu-weakens-deforestation-law-further-document-shows-2025-05-26
*8 Responsible Investor, EU Round-up: Denmark rejects France and Germany’s call to scrap CSDDD, 27 May 2025 www.responsible-investor.com/eu-round-up-denmark-rejects-france-and-germanys-calls-to-scrap-csddd
*9 ESG Today, Germany walks back call to scrap the EU’s supply chain sustainability law, 26 May 2025 www.esgtoday.com/germany-walks-back-call-to-scrap-the-eus-supply-chain-sustainability-law

