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コラム

経済安全保障とは?地政学リスク時代に企業が押さえるべき戦略と実務対応

目次

世界が「より不安定で、不確実な時代」に突入した今、経済安全保障は単なる政府の課題ではなく、すべての企業にとって避けて通れない経営課題となっています。本稿は、2026年 1月に開催した、株式会社オウルズコンサルティンググループ・シニアフェロー・菅原氏をゲストにお招きした経団連後援ウェビナー「高市政権下で加速する経済安全保障の取り組みと企業の対応 ― 2026年、企業は地政学リスクにどう備えるべきか」でも扱われた日本の経済安全保障戦略に焦点を当て、その全体像と構造、そして企業への影響を分かりやすく整理します。

なぜ今、経済安全保障が重要なのか?― 地政学リスクで不安定化する世界と企業経営

現代のビジネス環境は、かつてないほど予測困難になっています。その背景には、世界を動かす3つの大きな潮流「メガトレンド」が存在します。これらが複合的に絡み合うことで、私たちのビジネスを取り巻く不確実性が高まっているのです。

  • グローバリゼーションの分断 

    • これまでは、世界中にサプライチェーンを張り巡らせ、モノやヒトやカネが自由に国境を越え、最も効率的な場所で生産・調達するのが当たり前でした。しかし、大国間の対立が深まる中で、特定の国に依存するリスクが顕在化し、これまでのような自由なグローバル取引が難しくなっています。「フレンド・ショアリング(信頼できる国々とサプライチェーンを構築する動き)」の動きも加速しています。

  • 国際秩序の動揺 

    • 米中対立やロシアのウクライナ侵攻、中東での軍事紛争など、約30年続いたポスト冷戦期が終焉し、米国主導のリベラルな国際秩序が大きく揺れ動いています。これまでのルールに基づく秩序がむき出しの「力」によって大きく浸食され、大国が「自国第一主義」の姿勢を強めています。

  • 価値観の衝突

    • 環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)や人権、AIガバナンスといった「価値観」を巡る対立が、新たなビジネスリスクを生んでいます。例えば、「脱炭素」を巡っては、これを推進する欧州と、気候変動を「詐欺」と呼ぶ米国※1ではビジネスのルールが大きく異なります。こうした価値観の違いが事業上の障害となり、グローバルに事業を展開する企業は、国ごとに異なる規制への対応を迫られています。

このような世界的な変化に対応するため、日本政府も経済安全保障の取り組みを本格化させています。

日本政府の取り組み:経済安全保障戦略の全体像と企業への影響

日本政府が掲げる経済安全保障戦略の目標は、非常に明確です。

グローバリゼーションが大きく後退し、国際市場の混乱やサプライチェーンの分断が進んだとしても、日本の産業・社会活動を維持し、安定的に発展できる活動基盤を確立する

この目標を達成するために、政府は2つの主要な考え方を柱に据えています。

戦略的自律性

特定の国や地域に過度に依存することなく、国民生活や経済活動に必要な物資やサービスを自ら確保できる状態を目指す考え方です。

戦略的不可欠性

日本が持つ優れた技術や製品を持ち、他国にとって「なくてはならない存在」になることで、国際社会における日本の優位性と交渉力を確保する考え方です。

そして、この戦略を実行するための具体的な枠組みが「3つのP」と、それを支える「インテリジェンス」です。

  • プロテクション(Protection):産業防衛策

    • 日本の重要な技術や産業が、外部の脅威から守られるようにする取り組みです。具体的には、安全保障上重要な技術の輸出管理や、外国企業による国内企業への投資を厳しく審査する制度などが含まれます。

  • プロモーション(Promotion):産業振興策 

    • 日本の産業競争力を高め、「戦略的不可欠性」を確保するための取り組みです。先端技術の研究開発(R&D)を支援したり、国内の生産基盤を強化したりします。

  • パートナーシップ(Partnership):国際・官民連携

    • 信頼できる国々(同志国)と連携して安定したサプライチェーンを構築したり、政府と民間企業が協力してリスク情報を共有したりする取り組みです。

  • インテリジェンス(Intelligence):情報収集・分析

    • これらの政策を的確に実行するためには、世界で何が起きているのか、どのようなリスクがあるのかを正確に把握する必要があります。そのための情報収集・分析能力の強化が不可欠とされています。

この戦略に基づき、具体的な法律や制度が整備されています。外国為替及び外国貿易法(外為法)とともに、その中核となるのが経済安全保障推進法です。

具体的な政策は?経済安全保障推進法の4つの柱と新制度

経済安全保障推進法は、日本の経済安全保障政策の根幹をなす法律であり、主に4つの柱で構成されています。

1.重要物資の安定的な供給の確保 

  • 半導体、蓄電池、医薬品など、国民生活や経済活動に不可欠な「特定重要物資」の国内生産基盤を強化し、サプライチェーンを強靭化する制度です。国が企業の設備投資などを助成することで、海外への過度な依存を減らすことを目的としています。

  •  企業への示唆:この制度は、国内生産への回帰やサプライチェーンの複線化を検討する企業にとって、大規模な財政支援を受ける好機となり得ます。自社の製品・部材が対象分野に含まれるか、常に最新の動向を注視する必要があります。

2.特定社会基盤サービスの安定的な提供の確保 

  • 電気、ガス、通信、金融といった、社会の根幹をなす重要インフラ(特定社会基盤事業)を守るための制度です。これらの事業者が重要な設備を導入する際に、安全保障上のリスクがないかを政府が事前に審査する仕組みが導入されています。 

  • 企業への示唆:対象となるインフラ事業者や同事業者と取引のある企業にとっては、設備調達のプロセスが複雑化し、リードタイムが長期化する可能性があります。サプライヤー選定基準に安全保障の観点が加わることを前提とした調達戦略の見直しが求められます。

3.先端的な重要技術の開発支援

  • AI、量子、宇宙、バイオといった、将来の国家間の競争力を左右する「特定重要技術」について、官民が連携して研究開発を促進する制度です。国が資金を提供し、実用化までを一体的に支援します。 

  • 企業への示唆:自社が持つ先端技術が国の支援対象となる可能性があります。政府の研究開発プログラムへの積極的な参画は、資金調達だけでなく、将来の事業の核となる技術を確立する上で大きなアドバンテージとなります。

4.特許出願の非公開

  • 安全保障上、特に重要とされる発明(例:核技術や高度な暗号技術など)が特許出願された際に、その情報を非公開にする制度です。重要な技術情報が意図せず国外に流出することを防ぎます。 

  • 企業への示唆:これは、機微技術を扱う企業にとって、国際的な共同研究開発や技術提携のあり方、さらにはグローバルな知財戦略そのものを見直す必要があることを意味します。

新たに導入された「セキュリティ・クリアランス制度」

上記4つの柱に加え、「セキュリティ・クリアランス制度」が導入されています。これは、政府が持つ経済安全保障に関する重要な情報(重要経済安保情報)にアクセスできる人物や企業を、国が審査・認定する制度です。 企業にとっては、この認定を受けることで、政府や他国との先端技術に関する共同開発プロジェクトなどに参加しやすくなるというメリットがあります。

ここまでに述べた政府の「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」の確保という目標と、「プロモーション(産業振興)」という方針は、単なるスローガンではありません。経済安全保障推進法を根拠に、特に「特定重要物資」に指定された分野には、国家の未来を左右する規模の資金が実際に投じられる見通しです。

企業への影響は?注目すべき「特定重要物資」と大型支援

企業の事業活動に最も直接的な影響を与えるのが、「特定重要物資」に関する政策です。この制度では、国が指定した物資の国内生産を強化するため、大規模な財政支援が行われます。指定分野は拡大を続けており、2025年12月には無人航空機(ドローン)やロケット部品などが追加され、計16分野になっています。

特に、以下の2分野では巨額の支援が認定されています。

分野認定件数助成額(最大)

蓄電池

42件

7,347億円

半導体

26件

4,256.8億円

(出典:内閣府・経済産業省資料(2026年2月17日時点))

国家プロジェクトとしての半導体支援:Rapidus社の事例

特に注目を集めているのが、次世代半導体の国産化を目指す Rapidus(ラピダス)社 への支援です。同社には、経済安全保障推進法の枠組みとは別に、すでに1兆7,000億円以上の助成が決定しており、さらに1兆円程度の追加支援も見込まれています。

これは単なる一企業への支援ではなく、日本の将来を賭けた国家的なプロジェクトです。これだけの巨額な資金が投じられることで、半導体製造装置や素材メーカーといった周辺産業にも大きなビジネスチャンスが生まれると期待されています。

経済安全保障リスクに企業はどう対応すべきか― 地政学リスク時代の実践ステップ

世界を動かす「メガトレンド」による大きな変化の中で、企業は具体的にどのように行動を起こせばよいのでしょうか。ここからは、最も重要な企業の対応策について解説します。

企業が経済安全保障リスクに対応するためには、単なる部署の設置やルールの作成だけでは不十分であり、経営層から現場までを含めた全社的な意識の変化と取り組みが必要です。そのための具体的なアプローチを3つのステップで紹介します。

1.マインドセットの転換:経済安全保障対応を「コスト」ではなく「投資」と捉える

経営トップがまず取り組むべきは、このマインドセットの転換です。経済安全保障対応を単なる規制遵守コストと見なす限り、企業は後手に回るしかありません。これを「事業の強靭性を高め、中長期的な競争優位性を築くための戦略的投資」と再定義し、そのビジョンを社内に力強く打ち出すことが、全ての第一歩となります。

サプライチェーンの見直しやセキュリティ対策の強化は、短期的には利益を圧迫し、経済合理性に反するように見えるかもしれません。しかし、不安定な世界で事業を継続するためには不可欠です。だからこそ、現場任せにせず、経営トップが強いリーダーシップを発揮し、「これは未来への投資なのだ」という明確なメッセージを発信して、全社を主導していく必要があります。

2.リスクの整理・仕分け術:すべてのリスクに同じ対応はしない

「次にどこで紛争が起きるか」といった特定の地政学的なイベントを正確に予測することは、専門家でも困難です。しかし、「そうしたイベントから自社のビジネスにどのような影響が生じるか」というリスクは、ある程度類型化することができます。

そこで重要になるのが、リスクの「仕分け」です。すべてのリスクに同じように対応するのは非効率です。以下の2つの軸でリスクを4つの象限に分類し、対応の優先順位をつけましょう。

出所:オウルズコンサルティンググループ作成例えば、事業への影響度が大きく、発生可能性も高いリスク(図の右上)には、コストをかけてでも代替調達先の確保やシミュレーションといった入念な準備をすべきです。一方で、影響度も発生可能性も低いリスク(図の左下)については、事が起きてから対応する(事後対応)と割り切ることも重要です。このようにメリハリをつけたリスク管理が求められます。

3.実践的な3つのステップ

では、具体的に何から始めればよいのでしょうか。以下の3つのステップで実践的なアクションを進めていきましょう。

1.自社ビジネスとサプライチェーンの「可視化」 

まずは、自社の製品やサービスが「どこで」「誰が」「何を」使って作られているのか、その全体像を正確に把握することから始めます。特に、原材料や部品の調達先が特定の国や企業に集中していないか(いわゆる「チョークポイント」)を洗い出すことが重要です。この「可視化」が、すべてのリスク管理の出発点となります。

2.製品・技術ごとの「リスク仕分け」

サプライチェーンを可視化したら、次に製品や技術ごとにリスクを仕分けします。例えば、「この部品は特定国への依存度が高く、供給が止まると生産全体に影響が出る」「この技術は機微な情報を含んでおり、海外拠点での管理には流出リスクがある」といった形で、リスクの種類と大きさを分類していきます。

3.「事業戦略の判断」 

最後に、仕分けしたリスクに基づいて具体的な事業戦略を判断します。例えば、「リスクが高いこの事業は、中国での生産を縮小し、東南アジアに代替拠点を設ける」「この先端技術については、技術流出を防ぐため国内での開発に切り替える」といった、経営レベルでの意思決定を行います。これは必ずしも「中国からの完全撤退」を意味するわけではありません。むしろ、技術流出のリスクが高い先端分野は国内に留めつつ、汎用品の生産・販売は継続するなど、事業や技術の性質に応じて中国との関わり方を仕分ける、冷静かつ戦略的な判断が求められます。

まとめ:経済安全保障・地政学リスク時代に、企業はいま何を考えるべきか

最後に、この記事の要点を3つのポイントで振り返ります。

  • 経済安全保障は、もはや他人事ではありません。不安定で不確実な世界でビジネスを続けるための、すべての企業にとって必須の経営課題です。

  • 日本政府は法整備と大規模な財政支援の両面で取り組みを加速させる見通しです。これは企業にとって規制という「リスク」であると同時に、補助金や新たな事業機会という「チャンス」でもあります。

  • 企業に今求められているのは、リスク対応を「コスト」ではなく「投資」と捉える意識改革と、「リスクの可視化と仕分け」に基づいた実践的なサプライチェーン管理です。

経済安全保障への対応は、守りの姿勢で取り組むべき義務ではありません。変化の時代に先んじてリスクを管理し、事業の強靭性を高めること。それこそが、これからの時代を勝ち抜くための競争力の源泉となるのです。

地政学リスクを“経営判断のテーマ”として捉えるために

本記事で見てきたように、地政学リスクや経済安全保障は、特定の国・紛争・規制といった個別事象への対応ではなく、中期的に企業価値や事業継続に影響する「構造的なリスク」として捉える必要があります。

一方で実務の現場では、

  • 情報が断片的で、ニュース対応に終始してしまう

  • ESG、人権、サプライチェーン、経営戦略が分断されている

  • 経営層と現場で共通の整理軸がなく、判断が属人化する

といった課題に直面しているケースも少なくありません。

以下のホワイトペーパーでは、
 地政学リスクを
 「リスク類型 × ESG・経営への影響」
 という整理軸で解説しています。

断片的な情報ではなく、自社にとって何がリスクで、どこが経営判断に影響するのかを整理したい方は、ぜひご覧ください。

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~オウルズ監修 日本企業に求められるインテリジェンス~

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一方で、

  • 自社の対応状況をどのように把握すればよいのか

  • 他社と比べてどのレベルにあるのか

  • 経営層にどう説明すればよいのか

といった点については、継続的にリスクを把握・整理するための仕組みが必要になります。

「地政学リスクウォッチ」は、専門家監修の質問項目に定期的に回答することで、
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地政学リスクウォッチ サービスサイト

参考:

※1)Reuters|トランプ氏、演説で国連批判 パレスチナ承認に反対 気候変動は「詐欺」
https://jp.reuters.com/world/security/EVOW66ZD4FJLXIHVRFKPIWGZEM-2025-09-23/