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気候・ESGへの長期的対応と地域協調の重要性― グローバルリスク報告書2026が示す世界の現状と未来

目次

グローバルサステナビリティ基準審議会(GSSB)理事
GHGプロトコル専門作業部会(TWG)メンバー
ゼロボード総研 所長
待場 智雄

トランプ米大統領やテスラのイーロン・マスクCEOの登場が注目された世界経済フォーラム(WEF)年次総会が終了した。いわゆる「ダボス会議」の前にWEFが毎年公表する「グローバルリスク報告書」(Global Risks Report)の2026年版は、同大統領就任からわずか1年の間に繰り広げられた世界的な大混乱を、地政学を超えた「地経学」(Geoeconomic)的対立として最上位の短期リスクに位置づけ、これは単発の危機ではなく「不安定が常態化した世界」であると結論付けた*1)

一方で、私が2026年版に注目したのは、世界経済、地政学、気候変動という3つの不安定要因が、それぞれ単体のリスクではなく、同時進行で相互に影響し合っているという認識が共有されるようになった点にある。本稿では、グローバルリスク報告書の要点を気候変動・ESGの観点から読み解き、短期的な危機に振り回されがちな中、長期的な構造変化を見据えた日本にとっての意味を政策・経営・地域戦略の文脈から考えたい。

短期では気候リスクが後景化

WEFグローバルリスク報告書は毎年、短期(現在〜2年)、中期(〜5年)、長期(〜10年)の時間軸で、世界が直面する主要リスクを整理している。政府、企業、金融、学術分野の専門家1,300人以上を対象にした調査に世界116か国11,000人余りのビジネスリーダーのインプットを加味し、世界の意思決定層が「これからの世界をどのような前提で見ているか」という共通認識を映し出す鏡となっている。

短期リスクのランキングでは、「地経学的対立」が前年・前々年から順位を上げ、最上位に位置づけられた。今回特徴的なのは、短期リスクの上位に「誤情報・偽情報」「社会的分断」が並んだ点である。日本においても昨今、ソーシャルメディアを中心に玉石混合の情報や賛否が極端に分かれる言論が乱れ飛んでいるが、これは政治的意思決定や経済市場の前提となる「信頼」を直接揺るがすリスクとなっている*2)

他方、前年2位だった「異常気象」が5位に、6位の「汚染」が9位に下がるなど、短期における環境リスクは後景化した(図1)。地経学的対立、武力紛争、情報の分断といったリスクがサプライチェーンの寸断、エネルギー価格の高騰、関税を含む規制環境の急変などにつながり、企業が短期的な対応を迫られる事象が続くがゆえに、気候変動の緊急性が相対的に低く認識されている。米国がパリ協定だけでなく国連気候変動枠組条約(UNFCCC)自体からの脱退を決め、欧州連合(EU)の野心も停滞する中で、各国の脱炭素への動きが不透明なのも追い打ちをかけている。しかし、これは必ずしも気候変動の「否定ではなく、注意の分散による後回し」だと識者は分析している*3)

図1: グローバルリスク報告書2025, 2026年版における上位の短期(~2年)リスク
出典: WEF, The Global Risks Report 2025 *4), 同2026 *1) を基にゼロボードが作成

長期の環境リスクは複合危機

10年スパンの長期リスク上位を占めるのは、引き続き環境関連のリスクだった。「異常気象」、「生物多様性の喪失」、「地球システムの不可逆的変化」は、順位の入れ替わりこそあれ、常に最上位グループに位置している*1)。短期リスクの重心が地経学的対立や情報リスクにシフトしたのとは対照的に、気候変動は長期的には「最大の脅威」であり続けている。

この背景にあるのが、今回の報告書が強調する「ポリクライシス」(polycrisis)という視座である。複数の危機が同時に発生し、互いに影響し合いながら、全体として予測不能性と破壊力を増していく状態を指す。異常気象による農業生産の不安定化が食料価格の高騰を招き、それが社会不安や政治不安を引き起こし、国家財政を圧迫し、結果として公共投資や気候対策が遅れる、といった連鎖が、不可逆的な形で脆弱性を拡大させていくとする。

すなわち、気候変動はすでに環境分野の一リスクではなく、他のリスクを増幅させる構造的要因として捉えられている。気候変動は、経済成長の不確実性、国家間・地域間の不均衡、社会的分断、財政・金融システムの安定性といった分野に横断的な影響を及ぼす。洪水、干ばつ、熱波、台風の激甚化は、すでに世界各地で経済活動の前提を揺るがしている。インドのシンクタンクPolicy Circleは、「気候ショックはもはや例外的事象ではなく、経済システムに組み込まれた変数になった」と論評している*3)。企業にとってこれは、IFRS SやSSBJ基準など財務マテリアリティに基づく気候リスク開示が求めるように、近い将来、異常気象の増加が操業リスクにとどまらず、原材料調達の不安定化、物流網の寸断、労働生産性の低下、保険料の上昇や引受条件の厳格化といった形で、キャッシュフローや資本コストに直接影響してくるのである。

図2: グローバルリスク報告書2025, 2026年版における上位の長期(~10年)リスク
出典: WEF, The Global Risks Report 2025 *4), 同2026 *1) を基にゼロボードが作成

WEF報告書は加えて、生物多様性の喪失を「経済活動の基盤そのものを侵食するリスク」と位置づけている*1)。農業、漁業、医薬品、化学産業など、多くの産業が生態系サービスに依存しているにもかかわらず、その価値は市場で十分に評価されてこなかった。複合危機の視点では、生物多様性の喪失は食料安全保障の不安定化や地域紛争、移民・難民問題と結びつき、地政学的リスクをさらに高める要因となる。

さらに重要なのが、国家財政や保険・金融システムへの影響である。チューリッヒ保険とマーシュは、極端な気象災害の頻発が保険・再保険市場に与える影響を強調し、保険料の急騰や引受条件の厳格化、さらには一部地域での保険提供停止がすでに現実化しつつあると指摘している*5)。保険が成立しないということは、投資や融資が成立しないことを意味し、結果として国家財政や金融システム全体の安定性が揺らぐ。

「恒常的分断」下でのESG

ESGは、もはや制度対応や評価指標の問題にとどまらず、社会の信頼構造そのものと深く結びついた課題として再定義されている。「恒常的分断」(persistent fragmentation)という言い回しを用い、現在の地経学的危機は一時的なものではなく、分断と不安定が世界の前提条件になりつつあるという認識が、報告書全体を貫いている。分断が常態化した世界では、脱炭素や人権配慮といったESGの理念が自明の善として共有されにくくなり、それが誰の利益となり、誰にどのような負担をもたらすのかが、これまで以上に厳しく問われるようになっているとする。

恒常的分断の下では、ESGを支えてきた「長期的には皆が得をする」という物語が機能しにくくなる。欧州や日本の市民の間で議論が起こっているように、エネルギー価格の上昇やインフレ圧力が続く中で、脱炭素投資や環境規制は将来への投資というよりも、現在の生活や競争力への負担として認識されがちである。さらに、誤情報や偽情報が拡散する情報環境では、企業や政府が示す方向性やデータそのものが疑念の目で見られ、社会的合意が困難になる。異なる立場や利害が併存する中で、どこまで正当性と納得感を高め、どの範囲で協調を実現できるかを探るプロセスそのものへと性格を変えつつある。

アジアとの協調で不確実性を突破

エネルギーや資源の多くを海外に依存し、同時に自然災害リスクの高い国である日本にとって、気候変動は環境政策の一分野ではなく、産業競争力や社会の安定、さらには国の持続可能性そのものに直結する問題である。地経学的対立が激化する中で、エネルギー安全保障と希少資源の確保、脱炭素の両立は、日本企業にとって避けて通れない経営課題である。

恒常的分断下では、もはや包括的な合意や国際協調を前提に行動することが現実的でなくなっている。価値観や政治体制、経済的利害が大きく異なる国々の間で、気候変動やESGを巡る完全な合意を形成しようとすれば、交渉は長期化し、結果として対応が遅れるリスクが高まる。つまり私たちには、外部環境の改善をただ指をくわえて待つのではなく、不確実性を前提にした戦略の設計が求められている。

そのため日本にとって重要になるのが、分野やテーマを限定し、利害が部分的に一致する領域から実務的な協調を積み重ねるアプローチだと考える。その中心となり得るのが、日本企業のサプライチェーンや市場とも深く結びつくアジア地域における脱炭素とエネルギー転換である。アジアの脱炭素ガバナンスにおいて、日本が果たし得る役割は、理念を掲げることよりも、実装可能な共通枠組みを設計することにある。すでにアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)などのイニシアティブで進められているように、GHG排出量データや製品省エネ基準の相互運用性、トランジション・ファイナンスの信頼性確保、現実的な技術移転や人材育成といった分野で、日本は調整役・設計者としての強みを持つ。

これにより、気候変動対策は理想論から「機能する仕組み」へと転換することができるだろう。日本にとって、具体的な成果を積み上げることで地域での信頼を醸成し、国際的な存在感を維持するだけでなく、自国の産業競争力を確保する上で現実的かつ戦略的な選択となる。アジアだけでなく、欧州や豪州、カナダなどにも同様の戦略で積極的に飛び込んでいく余地は大いにあるだろう。

現実解としての脱炭素・ESG

ダボス会議ではトランプ大統領以上に、元イングランド銀行総裁で金融安定理事会(FSB)議長在任中に気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の設立を主導したカナダのマーク・カーニー首相の演説が話題となった。カーニー氏は、ルールに基づく国際秩序が自然に回復するという「心地よい物語」は終わったと認めた上で、それでも中堅国は無力ではないと強調した。価値や利害が重なる分野ごとに「志を同じくする者どうしの連携」(variable geometry)を組み上げていくことこそが、分断された世界で現実的に機能する道だという*6)

気候変動やESGは外から押し付けられる制約ではなく、自らの産業競争力と社会の持続性をどう守り、どう次世代につなぐかを問う戦略課題である。エネルギーや資源を海外に依存し、アジアと深く結びついた経済構造を持つ日本には、恒常的分断を前提として受け止め、その上でどの分野で、誰と、どのような形なら協調が可能かを見極め、実務レベルで積み重ねていく姿勢が求められる。脱炭素やESGは、そのための数少ない「共通言語」であり、理念ではなく安定化のための実践領域として位置づけ直される必要がある。機能する協調を一つずつ設計し、実績を積み重ねていく。その地道な選択こそが、不確実な時代において日本が主体性を保ち続けるための、最も現実的な道筋ではないか。

 

*1) World Economic Forum (WEF), The Global Risks Report 2026, 21st Edition, 14 January 2026. https://www.weforum.org/publications/global-risks-report-2026 

*2) 国際農林水産業研究センター(JIRCAS)「現地の動き 1419: グローバルリスク2026」、2026年1月19日 https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20260119

*3) Policy Circle, “Global Risks Report 2026: Economic, climate shocks are converging”, 18 January 2026. https://www.policycircle.org/economy/global-risks-report-2026 

*4) WEF, The Global Risks Report 2025, 20th Edition, 15 January 2025. https://www.weforum.org/publications/global-risks-report-2025 

*5) マーシュジャパン「グローバルリスク報告書2026年版: 新たな競争時代の急速な到来が世界企業に試練をもたらす」、2026年1月14日 https://www.marsh.com/jp/ja/about/media/global-risks-2026.html 

*6) TIME, “The Climate and Energy Implication Hidden in Mark Carney’s Davos Speech”, 24 January 2026. https://time.com/7357405/mark-carney-davos-speech-climate-energy 

  • 記事を書いた人
    待場 智雄(ゼロボード総研 所長)

    朝日新聞記者を経て、国際的に企業・政府のサステナビリティ戦略対応支援に携わる。GRI国際事務局でガイドライン改訂等に携わり、OECD科学技術産業局でエコイノベーション政策研究をリード。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)で世界各地の再エネ技術データのナリッジマネジメント担当、UAE連邦政府でグリーン経済、気候変動対応の戦略・政策づくりを行う。国連気候技術センター・ネットワーク(CTCN)副所長として途上国への技術移転支援を担い、2021年に帰国。外資系コンサルのERMにて脱炭素・ESG担当パートナーを務め、2023年8月よりゼロボード総研所長に就任。2024年1月よりGRIの審議機関であるグローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)理事、2025年3月よりGHGプロトコルTWGメンバーを務める。上智大学文学部新聞学科卒、英サセックス大学国際開発学研究所修士取得。