ESG関連データの収集・管理・開示支援なら

コラム

【2025年版】GRIスタンダード × 気候変動・エネルギー開示:最新基準(GRI 102/103)の改訂ポイントと実務対応

目次

GRIスタンダードの新しい気候変動基準(GRI 102)エネルギー基準(GRI 103)の完成は企業の気候行動についての説明責任の強化を促す画期的な出来事です。これらの基準は、最新の科学的根拠を反映し、パリ協定に準拠する包括的な枠組みを提供します。

GRIは、組織が経済、環境そして人々に及ぼすインパクト(影響)に焦点を当てた「インパクト・マテリアリティ」を重視した開示枠組みで、今回の改定では、気候変動対策が環境や財務上の利益だけでなく、社会的な側面への影響をいかに考慮すべきかという点が特に強調されています。

本稿では、実務担当者がこれらの新基準に効果的に対応するための、具体的な開示要件と実務上の留意点を解説します。

GRI 102/103の位置づけと適用ルール(実務上の必須事項)

GRIスタンダードに準拠するにあたり、開示の要件レベルを理解することが重要です。

  • Shall (〜しなければならない): 要件として基本的に準拠しなければならない項目です
  • Should (〜すべきである): 推奨される項目です。
  • Can (〜することができる): 可能性や選択肢を示すものです。

実務担当者は、「shall」と書かれた要件に確実に対応することが、GRIスタンダード準拠の基本となります。※1

また、GRIの準拠ルールとして、特定したマテリアル(重要)な課題について開示が困難な場合、省略の理由を述べ開示しないことが認められています。ただし、この重要課題に関連する影響をステークホルダーが判断するのに十分な情報を提供すべきである、という条件があります。※2

気候変動基準 GRI 102:移行計画と公正な移行の開示要件

GRI 102は、従来の基準を組み直し、「緩和(Mitigation)」「適応(Adaptation)」双方の移行計画の開示を求めている点が大きな特徴です。

緩和(Mitigation)のための移行計画(GRI 102-1)

緩和計画に関する開示では、以下の要素を網羅する必要があります。

開示要素

実務上のポイント

方針と行動

緩和のための具体的な方針と行動を記載する。

科学的根拠との
整合性

1.5°C目標との整合性を説明する。
使用したシナリオ、方法論、前提条件を明確にする。

ガバナンスと戦略

移行計画に責任を負うガバナンス組織や個々の役割、
および計画が事業戦略全体にどのように組み込まれているかを述べる。

財務的影響(支出)

報告期間中に計画実施によって発生した総支出(支出した額)を。

目標の進捗

GHG排出量削減だけでなく、化石燃料の段階的な廃止目標と進捗状況も述べる。

計画がない場合

移行計画がない場合は、その理由を説明し、今後どのようにするかを記載する。


適応(Adaptation)に関する計画(GRI 102-2)

適応計画の開示では、気候関連の財務リスクと機会(TCFD、IFRS S、SSBJが扱う領域)に加えて、そのリスクとその対応に基づき生じるインパクト(影響)も述べることが求められます。これは、GRIが財務マテリアリティだけでなくインパクト・マテリアリティを重視する二重構造を反映しています。

また、緩和計画と同様に、使用したシナリオ、方法論、支出、責任を負う組織に加え、適応計画の実施による人々や環境へのインパクトを評価し、その管理方法についても開示が必要です。

公正な移行(Just Transition)の計測(GRI 102-3)

「公正な移行(ジャスト・トランジション)」は、低炭素経済への移行が労働者、地域コミュニティ、先住民といった「人々」や環境、生物多様性に与える影響を同時に考慮した上で進められるべきという考え方です。

実務担当者がこの原則を移行計画に落とし込むために、GRI 102-3では以下の労働関連の具体的な指標の開示を求めています。

  • 移行や適応のために新規採用した従業員数
  • 契約終了(人減らし)した従業員数
  • 再雇用した従業員数
  • スキルアップやリスキーリングの研修を受けた従業員数
  • 上記項目について、従業員以外の労働者(契約社員など)の数も述べる。

さらに、移行計画の実施が人々や環境、生物多様性に与えるインパクトを評価し、そのインパクトを抑えるための措置を開示する必要があります。

GRI 102のGHG排出量、除去、クレジットの技術的開示要件

GHG排出量に関する開示は、GHGプロトコルに準拠しており、最新の基準(SBTiのコーポレート・ネットゼロ基準)との実質的な整合性が求められています。

GHG排出量目標(GRI 102-4)

  • 目標設定: 短、中、長期の削減目標を、排出量の絶対値と基準年比で開示する。目標は1.5°Cとの整合性を説明する必要があり、実質的にSBTiに準拠した形が求められます。
  • Scopeの区分け: Scope 1、2、3をそれぞれ別々に報告するか、Scope 1と2を組み合わせた形で目標を出すオプションが認められています。
  • Scope 3の開示: どのカテゴリー(15カテゴリー)をどれほど含んでいるかを詳細に述べる。
  • 進捗の分析: 削減が自らの努力の成果によるものか、他の外的要因によるものかを分析し開示する。

排出量算定の注意点(GRI 102-5, 102-6)

  • 含めないもの: GHG排出量の算定において、GHG除去、GHG取引(カーボンクレジットなどのオフセット)、削減貢献量は含めないこととされています。
  • 生物起源のCO2: 通常「排出量ゼロ」として扱われる生物起源のCO2排出量も、別個に報告する必要があります。
  • 排出強度: 単位あたりの排出量を示す。分母(製品単位、収益・売上など)は組織が定められるが、根拠を示す必要がある。
  • 係数と方法論: 使用した基準、方法論、計算ツールおよび係数の出典を明記する必要があります。

GHG除去とカーボンクレジット(GRI 102-9, 102-10)

組織がGHG除去やカーボンクレジットを利用する場合、透明性の確保が厳しく求められます。

項目

主な開示要件(実務ポイント)

GHG除去量 (102-9)

Scope 1の総除去量を開示(Scope 3の除去量開示は推奨)。
除去方法(陸上 [森林など]、地質 [CCSなど])を内訳別に開示。
永続性のリスク管理と目的(例:90%削減後の残余排出量の相殺または販売)を説明。
除去が人や環境にもたらすインパクトとその管理方法を説明。

カーボンクレジット (102-10)

償却された総額、およびプロジェクトごとの内訳(除去または削減)を開示。
プロジェクト名、ID、ヴィンテージ、ホスト国といった詳細なデータを記録し開示。
償却の目的、品質基準の遵守状況を説明。
人や環境へのインパクト、およびモニタリング評価方法を開示。

エネルギー基準 GRI 103:サプライチェーンにおける計測の要件

GRI 103は、GHG排出量を算出する上での基礎となるエネルギーの数値の正確な開示を基本としています。

  • エネルギー方針: 消費削減、エネルギー効率、再生可能エネルギーへの移行に関する方針とコミットメントを開示。
  • 消費の内訳: 総燃料消費量を、再生可能・非再生可能ごとに詳細な内訳で開示する。
  • 重要性のあるバリューチェーン消費: 上流・下流のバリューチェーン全体のエネルギー消費のうち、重要性の高い(割合が大きい、削減ポテンシャルが大きいなど)エネルギー消費量の合計を開示する。
  • 強度指標: GHGと同様、単位あたりのエネルギー量(エネルギー強度)を算出し開示する。
  • 削減要因: 削減量が自社の取り組みによるものか、外的要因によるものかを明確にし開示する。


ISSB/ESRS/TCFDとの整合性

GRI 102/103は、グローバルな開示基準間の整合性を意識して開発されており、実務担当者は他の主要な基準との関係性を理解することで、効率的な報告が可能になります。

  • GHGプロトコル / SBTi: GRI 102の排出量開示枠組みは、GHGプロトコルに基づいており、目標設定においては実質的にSBTiへの準拠に近い基準(1.5°Cとの整合性)が求められています。
  • IFRS S2: GRI(インパクト開示)とIFRS S(リスク・機会開示)は協定(MOU)で互いに同じ数字を開示できることが確認されています。
  • SSBJ(日本): GRIのGSSBはSSBJともMOUを結び、インパクト、リスク、機会を相互に使いながら一緒に開示していくためのガイダンスを作成することで合意しています。
  • CSRD/ESRS(欧州): 欧州の開示基準であるESRSは、GRIスタンダードを参照しながら作成された部分があり、データポイントがほぼ合致した形でマッピングされています。


適用時期と実務対応のポイント

新しいGRI 102/103基準は、2027年1月1日から正式に適用されますが、早期の適用が奨励されています。すでに日本語にも翻訳され、GRIサイトからダウンロードできます。

気候変動はもはや「脇役」ではなく「日々の見出し」であり、企業には透明性を確保し、自らの環境への影響について説明責任を果たすことが求められています。GRI 102/103は、そのための堅牢で意思決定に役立つデータを生み出す触媒となるでしょう。実務担当者としては、早期に新基準の具体的な開示項目(特に移行計画、公正な移行、詳細な排出量管理)をチェックし、計算方法の基準を明確にしておくことが重要です。


<参照元>
・GRI(Global Reporting Initiative)公式 日本語版スタンダードhttps://www.globalreporting.org/how-to-use-the-gri-standards/gri-standards-japanese-translations/
 ※1「GRI 3:マテリアルな項目 2021」
 ※2「GRI 1:基礎2021」
• GRI「気候変動・エネルギーに関するGRI項目別スタンダードプロジェクト」
https://globalreporting.org/standards/standards-development/topic-standard-for-climate-change-and-energy/
• GRI「改訂の目的」
https://globalreporting.org/media/rtbcu3ba/gri-topic-standards-for-climate-change-final-project-proposal.pdf