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目次

グローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)理事 
GHGプロトコル専門作業部会(TWG)メンバー
ゼロボード総研所長 待場 智雄

はじめに:本レポートの目的と価値

GHGプロトコルでは現在、コーポレート基準第2版の発行以来約20年ぶりとなる大規模な改定作業が進んでいます。議論中の改定内容によれば、 企業のGHG算定、再エネ調達、Scope 3対応に大きな影響が及ぶ見込みです。

すでに公開しているインサイト「GHGプロトコル改定中間報告」は、 改定全体の方向性を俯瞰し、主要テーマを体系的にまとめています。

本レポートはその補完として、 2025年10月14日に開催(11月6日に録画再配信)したウェビナーで寄せられた “実務担当者からのリアルな質問” を出発点にしています。

「中間報告」には載せきれなかった

  • 実務で特に誤解の多いポイント
  • 組織内で議論が分かれやすいポイント
  • 他社の担当者が気にしている論点

など「より踏み込んだ疑問」について、 専門作業部会(TWG)メンバーである待場が企業がどこへ注力すべきかを分かりやすく示すガイドとして再構成しました。

本レポートを読むことで、
 “自社が疑問に感じている点は他社でも生じているのか?”
 “今の制度理解でどこに抜け漏れがあるのか?”
 を把握でき、将来の算定・開示体制の検討にお役立ていただけます。

情報の前提について

本レポートは、GHGプロトコル事務局が公開している情報を基にした整理であり、最終決定内容を示すものではありません。改定内容はパブコメなどを経て今後変更される可能性があります。

本レポートの対象読者

  • GHG算定/Scope 3データ収集担当者
  • 再エネ調達(証書・PPA)担当者
  • 経営企画・サステナビリティ・内部統制チーム
  • SSBJ・IFRS S2対応を検討する企業

GHGプロトコル改定全般・基本方針

今回の改定が注目される理由

GHGプロトコルの改定は、Scope 1〜3 の算定ルールをはじめ、再エネ調達、データ精度、削減貢献量(Avoided Emissions)まで幅広い領域に影響する可能性があります。

IFRS S2やSSBJが求める開示・保証との整合も踏まえ、企業にとって「中長期の算定体制を設計し直すタイミング」となります。

ウェビナーで寄せられた質問例

  • 改定の最終決定時期と適用タイミング
  • どのように合意が形成され、決定されるのか
  • GHGプロトコルとSSBJ/IFRS2などの開示制度、SBTに基づく目標設定との関係性
  • ISOとの共同基準化の範囲
  • 国の排出量報告制度との関係

これらは、企業が「いつまでに何を準備すべきか」を判断するため、改定の方向性の理解が不可欠であることを示しています。

改定の方向性と企業が押さえるべきポイント

改定は段階的に進行しており、Scope 1〜3 は2027年末、 削減貢献量など活動とマーケット手段(AMI)の議論は2028年末にまとまる見通しです。改定最終版の完成は2028年末、企業が実務的に適用を始めるのは2030年頃が現実的なタイミングとみられます。

また、改定は多数決ではなく、棄権を除く実質100%の合意が求められるため、議論は慎重に何度も繰り返されます。

さらに、GHGプロトコルは“算定のルール”に関する共通基準であり、気候変動に関する開示媒体や形式(有報・サステナレポートなど)は、SSBJ・IFRS S2、GRI、欧州ESRSなどがGHGプロトコルに基づいたルールを定めています。

ISOとの共同基準化はまずCFP(製品単位)で進み、組織レベルの排出量算定(ISO 14064)についての共通化は今後の議論となります。

国の排出量報告制度排出量の計上目的や枠組みが異なりますが、国際的な整合性は今後一層重要になることが見込まれ、まずはGHGプロトコルベースの算定を行うことが薦められます。

本章のまとめ

  • 改定最終化は2028年末、実務適用は2030年頃が現実的
  • GHGプロトコルは算定基準、報告媒体・形式は開示基準が定める
  • ISOとの整合は段階的で、当面はCFPを中心に進む



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以下はダウンロードしてご覧いただけるコラムの要約となります。


コーポレート基準:算定範囲、網羅性、データ品質(要点)

コーポレート基準の改定が注目される理由

GHGプロトコル全体をつかさどるコーポレート基準に関しては、算定範囲(組織バウンダリー)、網羅性、データ品質の明確化 が重点テーマとして議論されています。

特に、IFRS S2・SSBJで求められる保証(Assurance)に対応するため、GHG算定は従来以上に “証跡にもとづく高精度算定” が求められる方向にあります。

本章のまとめ:GHG算定の前提で企業が準備すべきこと

  • 財務統合への一本化を見据えて、バウンダリーを再整理する
  • Scope 1・2の99%網羅性を満たすため、排出源棚卸し・例外の管理プロセスを強化
  • Scope 1は一次データ前提で算定プロセスを整備し推計部分を減らす
  • 外部保証(Assurance)にも耐えられるよう、証跡管理と内部統制を強化する

DLで詳しく読む:3-1.コーポレート基準の改定方向性と企業が押さえるべき実務ポイント
(組織バウンダリーの整理、例外上限の扱い、一次データ要件など)


Scope 2:再エネ調達ルールの再設計─同時同量・地理的整合性(要点)

Scope 2改定が注目される理由

今回の改定議論で最も大きなインパクトが想定されるのが Scope 2です。特に、再エネ調達(証書・PPA) の扱いは、企業の脱炭素戦略やSBT認定に直接影響するため、国際的にも議論が最も活発な領域です。

既存の“年間マッチング”や“エリアを問わない証書購入”といった仕組みに対し、より実質的な排出削減を反映する仕組みにアップデートする 方向性が示されています。

そのため Scope 2 は、企業の再エネ調達戦略を大きく見直す「中長期の移行ポイント」となり得る領域です。

本章のまとめ:企業がScope 2で準備すべきこと

  • 再エネ調達の見直しは必須:時間・地理の整合性を前提に2030年以降を再設計
  • 証書だけに依存しない戦略へ:オンサイト、同一系統PPAの価値が上昇
  • 非化石証書(FIT含む)の扱いに注意:SSS概念が採用される可能性
  • 既存契約は保護されるが、新規調達は新ルールを踏まえて設計する必要
  • 国・電力市場の制度整備を注視:上記に対応した仕組み作りが不可欠

DLで詳しく読む:4-1. Scope 2改定に関する実務ポイント
(時間的整合性・地理的整合性、非化石証書・PPAの扱い、移行措置の考え方)


Scope 3:網羅性、カテゴリー算定範囲、中間製品の扱い(要点)

Scope3改定が注目される理由

Scope 3は、企業によっては排出量の大部分を占める一方で、 データ収集、推計方法、カテゴリー算定範囲において不確実性が大きい領域です。今回の改定では、この「ばらつきの大きさ」を是正し、網羅性の確保とカテゴリー境界の明確化 が重要テーマとして整理されています。

特に、IFRS S2・SSBJなどの開示制度で「バリューチェーン全体の排出量の透明性」が求められていることもあり、Scope 3の算定は“努力義務”から“説明責任の対象”へと変化しつつあります。

本章のまとめ:企業がScope 3で準備すべきこと

  • まず全体量を推計したうえで、95%を精緻化する算定プロセスが求められる
  • 中間製品企業は、用途追跡の可否を説明できる体制が必要
  • リモートワーク、廃棄物輸送、IPライセンスなど、カテゴリー範囲の拡張を想定しておく
  • 新カテゴリー16など、業界ごとの対応範囲の拡大に注意
  • 「算定漏れの合理的説明」が重要になり、プロセス管理の重要性が増す

DLで詳しく読む:5-1. Scope 3改定に関する実務ポイント
(95%網羅性、カテゴリー境界、用途追跡、中間製品の扱いなど)

データ品質(Data Quality):Tier開示と内部統制の強化(要点)

データ品質が重要視される理由

GHGプロトコル改定では、算定方法そのものの見直しと同時に “データ品質(Data Quality)の透明性を高める” ことが 非常に重要なテーマとなっています。

背景には以下があります:

  • SSBJ・IFRS S2、CSRD/ESRS など開示の義務化により、算定プロセスやデータ精度の信頼性が重視される
  • 外部保証(Assurance)が前提化し、証跡の明確化が必須に
  • Scope 1・2に限らず Scope 3 含めた算定の根拠資料の管理が重要に

そのため、データ品質の“段階開示(Tier)” が国際的な議論の中心となっています。

本章のまとめ:企業がデータ品質で準備すべきこと

  • Tier開示は透明性向上の枠組みとして重要性が高まる
  • 金額ベース原単位は最下位Tierに分類される見込みで、利用範囲の見直しが必要
  • IDEAなどのLCAデータは中位Tierに整理される
  • Scope 1は一次データを前提とし、証跡管理が重要に
  • データソース管理・Tier改善計画など、内部統制を見据えた運用が必要

DLで詳しく読む:6-1. データ品質(Tier)と内部統制の実務ポイント
(金額ベース原単位の位置づけ、Tier区分、証跡管理、改善ステップなど)


削減目標・SBTi:GHGプロトコル改定との整合と今後の影響(要点)

SBTiとGHGプロトコル改定の整合が重要視される理由

SBTi(Science Based Targets initiative)は、企業の削減目標設定において最も広く利用される国際的枠組みです。その根拠となる算定基準はGHGプロトコルのルールに基づいているため、GHGプロトコルの改定は SBT認定基準に直接影響する 仕組みになっています。

特に Scope 2(再エネ調達)や Scope 3(算定範囲・データ品質)など、算定ルールが大きく変わる領域は、SBT目標値の達成可否にも影響するため、企業にとって早期の方向性把握が重要となります。

本章のまとめ:企業が削減目標設定で準備すべきこと

  • Scope 2の時間・地理整合性はSBTでも必須になる可能性が高い
  • 既存のSBT認定は“永続的に有効”ではなく、改定後の再整理が必要
  • 2030年の運用移行を見据え、削減目標・再エネ調達戦略の見直しが必要
  • 目標更新(5年サイクル)とGHGプロトコル改定スケジュールを意識した計画が重要

DLで詳しく読む:8-1. 活動とマーケット手段(AMI)の整理
(クレジット・削減貢献量、マスバランス、インベントリー外での扱い方)

カーボンクレジット・削減貢献量:インベントリー外での“追加的貢献”の整理(要点)

活動とマーケット手段(AMI)が注目される理由

GHGプロトコル改定では、Scope 1〜3の算定ルールとは別に、 カーボンクレジットの購入や新低炭素燃料(バイオ・合成燃料など)、低炭素素材(グリーン鉄・アルミ、バイオプラスチックなど)の活用、自社製品による社会的排出削減(削減貢献量)の扱いを整理する枠組み が新たに検討されています。これが 「活動とマーケット手段」(AMI: Actions and Market-based Instruments) と呼ばれる領域です。

背景:

  • オフセット(クレジット購入)を Scope 1〜3 の値から直接差し引く企業が出てきた
  • 自社製品の利用による排出削減(Avoided Emissions)を Scope 3に含めるケースが混乱を招いた
  • 国・地域・認証団体によって扱いが異なり、国際的整合性が必要になった

AMIは、 「インベントリー(Scope 1〜3)の外側で、透明性をもって併記する枠組み」
として、まだ十分に議論が成熟していない領域と言われています。

本章のまとめ:企業がAMIで準備すべきこと

  • クレジットによるオフセットはScope 1〜3には反映されず、別枠で報告
  • 削減貢献量はインベントリー外の“追加的貢献”として整理
  • マスバランスは国際標準スキームに限定してインベントリー外で活用可
  • AMIは議論未成熟のため、制度変更に柔軟に対応できる体制が必要
  • AMIに関する脱炭素コミュニケーションの“社内外のルール整理”が求められる

 DLで詳しく読む:8-1. AMI(活動とマーケット手段)の整理と実務ポイント
(クレジットの扱い、削減貢献量の位置づけ、マスバランスの要件、国際整合性の考え方など)


【統括】GHGプロトコル改定が示す“次の5年”の実務アジェンダ(要点)

GHGプロトコルの改定は、Scope 1〜3 の算定ルールにとどまらず、再エネ調達、データ品質(Tier)、削減貢献量(AMI)までを包括的に見直す大規模な更新です。

改定最終化は 2028 年末、企業が実務的に適用を開始するのは 2030 年頃が現実的と見られています。

いずれの領域でも、以下のような“共通した方向性”が見えてきました。

  • Scope 2 は調達戦略を“ゼロベースで再設計する時期”に
     (時間整合性・地理整合性、FIT非化石証書の扱いの見直しなど)
  • Scope 3 は「算定対象かどうか」より“説明責任の質”が問われる時代に
  • Tier(データ品質)は企業内での“共通言語”となる
  • クレジット・削減貢献量は“制度化前の領域”であり、大きく変わる可能性を前提に明瞭な開示を

実務的な論点――2030年までに“何を、どの順序で”準備すべきか(Scope 2・Scope 3の対応優先度、Tier管理、再エネ調達の再設計、AMIの扱い、社内体制の再構築ロードマップ)については、DL版「GHGプロトコル改定Q&Aレポート」にて詳しく整理しています。

今後の不確実性・議論の成熟度について

本レポートで整理した領域のうち、 再エネ調達(Scope 2)、AMI(クレジット・削減貢献量)、 開示制度との整合(SSBJ/IFRS S2/GRI/ESRS) などは、 現時点でも議論が続いており、今後変更される可能性があります。

特に 2027〜2030 年は、国際基準、各国制度、SBTi の改定が連続する“移行期” となります。 企業は、制度の最終化を待つのではなく、“変更前提”で柔軟に対応できる体制・システム設計を進めること が重要です。

総括メッセージ

 GHGプロトコル改定は、企業のGHG算定を単なる“環境データ”から 経営管理・内部統制・再エネ調達戦略・立地計画・サプライチェーン戦略と密接に結びついた領域へとアップデートする動きです。

2030年は、“新しい算定の時代”が本格化する節目です。

本レポートが、自社の算定体制を見直し、長期的に競争力のある脱炭素経営を実現するための実務的な指針となれば幸いです。

「GHGプロトコル改定QAレポート」
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出典:

  1. GHG Protocol, Standards Development and Governance Repository. 
     https://ghgprotocol.org/corporate-standard

  2. Science-based Target Initiative (SBTi), Corporate Net-Zero Standard V2, an updated draft.
     https://sciencebasedtargets.org/developing-the-net-zero-standard

  • 記事を書いた人
    待場 智雄(ゼロボード総研 所長)

    朝日新聞記者を経て、国際的に企業・政府のサステナビリティ戦略対応支援に携わる。GRI国際事務局でガイドライン改訂等に携わり、OECD科学技術産業局でエコイノベーション政策研究をリード。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)で世界各地の再エネ技術データのナリッジマネジメント担当、UAE連邦政府でグリーン経済、気候変動対応の戦略・政策づくりを行う。国連気候技術センター・ネットワーク(CTCN)副所長として途上国への技術移転支援を担い、2021年に帰国。外資系コンサルのERMにて脱炭素・ESG担当パートナーを務め、2023年8月よりゼロボード総研所長に就任。2024年1月よりGRIの審議機関であるグローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)理事、2025年3月よりGHGプロトコルTWGメンバーを務める。上智大学文学部新聞学科卒、英サセックス大学国際開発学研究所修士取得。