SBTiネットゼロスタンダードV2(新基準)で何が変わるのか|実務担当者のための変更点と対応ガイド
コンサルティング部 サステナビリティシニアエキスパート
SBTi(Science Based Targets initiative)が公表した「企業ネットゼロスタンダードV2」案は、単なる基準の更新にとどまりません。これは、企業の気候変動に対する説明責任のあり方において、戦略的な転換点となるものです。V2は、従来の短期(Near-Term)目標とネットゼロ目標のガイダンスを統合し、すべての企業に長期的にネットゼロ達成を求めることで、事業者の気候変動対策をパリ協定が目指す世界の平均気温を産業革命以前から1.5℃以内に止める方向に一致させ、長期的な気候変動緩和を実現に導くものと期待されます。
本記事では、ドラフト策定の経緯や条文レベルの詳細な解説ではなく、「この新基準が企業の実務に何を求めるのか」「自社は何から着手すべきか」に焦点を当てて整理します。
▼この記事でわかること
- SBTiネットゼロスタンダードV2(新基準)の全体像と、V1.3からの主要な変更点
- Scope1〜3それぞれで企業が見直すべき実務ポイント(設備投資・再エネ調達・サプライヤー対応)
- 移行スケジュールと今から準備すべきステップ
▼SBTiの基本を知りたい方はこちら
「SBTi認定(Science Based Targets)とは?取得方法やメリット、認定の仕組みを紹介」
▼改定プロセスの背景や第1・第2ドラフトの詳細、GHGプロトコル改定との関係を含めて深く知りたい方はこちら
「SBTiネットゼロスタンダード基準の改定-第2ドラフト公開、排出削減へ多様な道筋を容認」
SBTiネットゼロスタンダードV2で企業の何が変わるのか: 3つの主要な変更点
まずは、SBTiネットゼロスタンダードV2(第2ドラフト)が企業にどのような変化をもたらすのか、実務に直結する3つの主要な変更点から整理します。ここを押さえておくと、「自社のどの業務に影響が出るのか」を大ざっぱに把握できます。
継続的な検証モデルへの移行 これまでの「一回きりの検証」から、定期的な進捗確認と目標更新を求める継続的な検証モデルへと移行します。具体的には、「Entry Check(意図の確認)」「Initial Validation(初回検証)」「Renewal Validation(更新検証)」および「Spot Check(随時検証)」というサイクルが導入され、継続的な改善努力とその進捗に対する説明責任が求められます。
目標設定アプローチの多様化と具体化 特にScope3の目標設定が、画一的な「排出量削減率」だけでなく、より実践的なアクションに紐づく活動ベースのKPI(例:「ネットゼロ目標を持つサプライヤーからの調達割合」や「製品のリサイクル可能性」など)など多様なアプローチを許容する形へ舵を切ります。
なぜ重要か? これにより、企業はScope3削減のために「具体的に何をすべきか」が明確になり、より実効性の高いアクションプランを策定しやすくなります。
第三者検証と移行計画の義務化 新たに、Scope1~2および重要なScope3排出カテゴリの算定について、第三者検証が義務付けられます。さらに、目標達成に向けた具体的な道筋を示す「移行計画」の策定と公開も必須となります。
なぜ重要か? 第三者検証の取得には社内の手続きの構築などや検証機関への業務の依頼、また、移行計画は社内での承認などが必要であり、事業者の事前の負担が増える可能性があります。SBT取得に向けた計画的な準備がより重要となります。
V1.3とどう違う?実務目線で押さえるべき変更ポイントを整理
次に、「現行のV1.3と何が違うのか?」という視点から、実務へのインパクトが大きいポイントを整理します。条文の細かな違いやドラフト間の差分については、 「SBTiネットゼロスタンダード基準の改定-第2ドラフト公開、排出削減へ多様な道筋を容認」に詳しい解説がありますので、本記事では担当者が対応方針を考えるうえで重要な“構造変化”に絞ってまとめます。
目標の枠組み:短・中・長期を一体で設計する前提へ
現在は短期と長期が別々のガイダンスで示されていましたが、V2では短期・中期・長期の3層構造で一体的に設計する形式へ統合されました(中期目標は推奨か必須かを検討中)。
これにより、短期間の削減計画ではなく、5年後(短期)、10年後(中期)、また2050年まで(長期)の一貫した削減目標が求められます。経営計画・投資計画との整合がより重要になります。
検証プロセス:一度きりから「継続型」へ
従来は一度認定されれば終了でしたが、V2では
Entry Check → Initial Validation → Renewal Validation + Spot Check
という継続型の更新制度に移行します。
つまり、目標を出して終わりではなく、定期的に進捗・妥当性がチェックされる運用モデルとなります。
Scope2:証書の「地理・時間整合性」が実務のボトルネックに
V2ではv1.3に比べて証書の活用に関する要件が厳格化され、
- どこの地域の電気を使うか(地理的整合性)
- いつ発電された電力か(時間整合性)
の2軸で整合性が求められます。これらはGHGプロトコルの改定でも議論されている点ですが、もし導入されると特に日本の事業者には大きな影響があると考えられます。
Scope3:カバー率から「優先カテゴリ × 活動ベース指標」へ
V1.3は目標の対象を「Scope3の算入割合(67%)」などのカバー率で表現していますが、V2では優先カテゴリを目標の範囲内に含めることなどが述べられています。また、小規模なサプライヤーからの調達など、自社が削減に向けた活動を取りづらいものについては除外をしてよい項目も上げられています。
これにより事業者は影響を及ぼす範囲について目標の対象を限定し、そこへ取り組みを集中させることが期待されていることが読み取れます。
新たな義務:第三者検証と移行計画の位置づけの変化
V2では、
- Scope1~2、重要Scope3の第三者検証
- 移行計画(トランジションプラン)の公表
がカテゴリA企業に求められます。これは「データの監査可能性」と「戦略としての説明責任」が強化されることを意味します。
Scope1・Scope2・Scope3 それぞれで今から見直すべきポイント
Scope1:設備投資計画と連動させた目標設計にアップデートする
Scope1については、V2で目標設定アプローチが整理・拡張され、従来から用いられてきた排出量ベースの目標(絶対量・原単位、セクター別脱炭素アプローチ「SDA」)に加え、低炭素活動の導入率や設備更新計画と連動した目標設定が選択できるようになります。
具体的には、企業の事業特性や排出構造に応じて、以下のようなアプローチを組み合わせて検討することが想定されています。
- 排出量目標: 従来の絶対量または原単位による排出削減目標。セクター別脱炭素アプローチ(SDA)を含め、線形的な削減経路を前提とした目標設定。
- 低炭素活動整合目標: 再エネ設備や電化、低炭素技術の導入など、低炭素な活動の割合を高めていくことを指標とする目標。
- 資産脱炭素計画目標: 企業が保有する工場・設備などの資産ごとに更新・代替計画を整理し、全体としてカーボンバジェットと整合するよう排出削減を進めるための目標。
資産脱炭素計画は新しく提案されている目標であり、直線的な削減ではなく、企業の状況等に応じた計画を考慮することが出来るものと考えられます。詳細については現在検討されており、今後の注視が推奨されます。
自社の主要設備の更新タイミングと排出プロファイルを棚卸しし、「どのアプローチが最も現実的か」を検討することが、Scope1対応の第一歩になります。
Scope2:再エネ調達戦略と証書ルールの見直しが必須に
Scope 2は、再エネ証書(EAC)の取り扱いルールが大きく変わることで、多くの日本企業の再エネ戦略に直接影響します。特に「どこで発電された電力を、いつ消費するのか」という地理的・時間的整合性が求められる点は、それに対応する再エネ調達の仕組みが整わなければ、将来的なコスト増や調達難といった経営リスクにもつながる、実務上の大きなハードルです。
- 地理的整合性の厳格化 購入する低炭素電力や証書は、電力を消費する「同じ地域(グリッド)」から調達する必要があります。これにより、例えば東北地方で発電されたの再エネの証書を、東京本社での電力消費に充当することが将来的に難しくなる可能性があります。これは、産業集積地から離れた地方への再エネ投資を滞らせる恐れもあり、日本のエネルギー政策全体に影響を与えかねないという懸念も指摘されています。
- 時間的整合性の段階的導入 2030年以降、電力の発電と消費の時間を合わせる「時間単位での整合」(アワリーマッチング)が段階的に導入されます。改定案では、大規模消費企業(単一地域内で年間消費量が1,000万kWh以上)に2030年に50%、2035年に75%、2040年には90%の時間整合が求められます。日本の現在の証書制度はこの仕組みに未対応であり、数年中に整備がなされなければ、企業の再エネ調達戦略に抜本的な見直しを迫る可能性があります。
【担当者が注意すべき点】
これらの変更は、単なる報告ルールの改定ではありません。これまで比較的安価な証書で再エネ100%を達成していた企業にとって、調達コストの大幅な上昇や、そもそも必要な証書を確保できないといった供給リスクを意味します。自社の電力消費地における再エネ供給ポテンシャルを今すぐ評価し、長期的な調達戦略を再構築する必要があります。
Scope3:優先カテゴリとサプライヤー整合を軸にアクションを設計する
Scope3については、「すべてを網羅的に細かく算定する」ことよりも、優先カテゴリや主要サプライヤーに対してどのようなアクションを取るか、という観点がより強く打ち出されています。V2は、サプライヤー整合率などの活動ベースKPIを通じてScope3を管理する方向に舵を切っており、サプライヤーエンゲージメントや製品設計など、企業が直接コントロールできる活動に重点を置くという明確なメッセージを示しています。
カテゴリ1, 2(購入した製品・サービス、資本財):
- 優先物品: Scope3全体の5%以上を占める鉄鋼やセメントなどの「優先物品」については、SBTiが示す原単位ベンチマークに沿った個別の目標設定が求められます。
- その他の活動: ネットゼロ目標を持つサプライヤーからの調達割合を高める「サプライヤー整合目標」などが主要なKPIとなります。
カテゴリ11, 13(販売した製品の使用、リース資産):
製品のエネルギー効率の改善目標や、顧客がネットゼロ目標に整合しているかの割合を示す「顧客整合目標」などが指標となります。これにより、企業は顧客の実際の排出量を直接追いかける必要がなくなり、自社の製品やサービスを通じた貢献に集中できます。
カテゴリ12(販売した製品の廃棄):
製品がリサイクル可能であるなど、循環型の選択肢を持つ製品の割合を高める「循環性目標」が指標となります。
【担当者が注意すべき点】
この変更は、Scope3を「算定して報告する対象」から「具体的なアクションで管理する対象」へと転換させるものです。自社の影響力が最も大きいカテゴリ(例えば優先物品や主要サプライヤー)を特定し、取り組みを集中投下する戦略的なアプローチがこれまで以上に重要になります。
目標設定の具体的な変更点を理解した上で、次に企業が新たに対応すべきプロセス上の要件について解説します。
新たに導入される「継続的排出に関する責任」とは?企業への負担イメージ
V2では、自社のGHGインベントリーの排出量削減とは別に、「継続的排出に関する責任(Responsibility for Ongoing Emissions)」という新しい概念が導入されました。これは、ネットゼロへ向かう過程で避けられない排出に対し、どの程度の取り組みを気候変動に対して実施するのか、という“継続コスト”の議論でもあります。
- 概要
- 企業がネットゼロへ移行する過程で排出し続ける温室効果ガスに対し、その影響を緩和するために気候変動対策へ貢献する考え方です。具体的には、自社のバリューチェーン外でのCCS(二酸化炭素回収・貯留)プロジェクトへの投資などが想定されています。
- ステータス認定
- この責任を果たす計画を開示することで、企業はステータス認定を得ることができます。
- Recognized: Scope1〜3の排出量の1%相当に対して責任を果たす計画を開示。
- Leadership: Scope1〜3の排出量の100%相当に対して責任を果たす。
- この責任を果たす計画を開示することで、企業はステータス認定を得ることができます。
- 将来的な義務化
- 2035年からはカテゴリA企業に対して、この責任を果たすことが段階的に義務化され、2050年には100%に達することが求められる計画です。これは、気候変動対策に関する企業の財務的負担が将来的に増加することを示唆しています。
移行スケジュールと日本企業がとるべきタイムライン感
実務担当者にとっては、「いつまでに何を決めればよいのか」が最も気になるポイントです。V1.3からV2への移行スケジュールと、カテゴリA/Bの区分を踏まえつつ、日本企業が押さえるべきタイムラインを整理します。
移行タイムライン
- 現行基準での申請期限: 現在の基準(V1.3)での目標申請は2027年12月31日まで可能です。
- 新基準の完全移行: 2028年1月1日以降の申請は、全ての企業がV2を使用する必要があります。
- 既存の認定目標: 既に認定済みの目標は、その目標年まで有効です。
対象企業のカテゴリ分類
企業は規模や所在地によって「カテゴリA」と「カテゴリB」に分類され、求められる要件が一部異なります。 日本の企業は中規模の会社であってもカテゴリAの厳格な要件(第三者検証、移行計画の義務化など)の対象となる可能性が高いです。
- カテゴリA: 大規模企業、および高所得国の中規模企業
- カテゴリB: 上記以外の企業(中小企業など)
まとめ:SBTiネットゼロスタンダードV2に向けて今から始めたい4つのステップ
最後に、SBTiネットゼロ基準V2に向けて、企業の担当者が「今から着手すべきこと」を4つのステップに整理します。詳細な条文やドラフトの経緯はインサイト記事に譲りつつ、本記事ではあくまで実務の着手ポイントに絞ってまとめます。
自社のScope3排出構造を戦略的に再評価する
「重要なカテゴリ」などを特定し、自社に適した活動ベースのKPIを検討する。
Scope2の新要件を前提に、再エネ調達戦略を見直す
地理的・時間的整合性が再エネコスト・調達リスクに与える影響を確認する。
第三者検証に耐えるGHGデータ管理インフラを整備する
現状の算定プロセスや体制が、第三者検証対応レベルにあるかを点検し、体制・システムの見直しの要否を確認する。
バリューチェーン全体を見据えたサプライヤーエンゲージメントを再定義する
主要サプライヤーの目標設定状況やデータ提供能力を把握し、「どこにどのような働きかけをするか」を計画的に整理する。
SBTi V2対応を自社に当てはめて整理したい方へ
SBTiネットゼロスタンダードV2は、単なる基準改定ではなく、企業の脱炭素戦略・データ管理・再エネ調達・サプライヤー対応に至るまで、実務全体を大きく見直す契機となります。
「自社はどのカテゴリから着手すべきか」「Scope2やScope3の新要件をどう整理すればよいのか」など、もし具体的に検討が必要なポイントがあれば、ぜひ一度ご相談ください。
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【参考】
・Corporate Net-Zero Standard Version 2 – Draft for Public Consultation (November 2025)
https://files.sciencebasedtargets.org/production/files/CNZS-V2-Second-Consultation-Draft.pdf
・SBTi Corporate Net-Zero Standard (Version 1.3)
https://files.sciencebasedtargets.org/production/files/Net-Zero-Standard.pdf
